リンクアンドモチベーション取締役・ヴォーカーズ取締役副社長の麻野耕司氏が、「40歳定年制」の発言でも注目を集める、東京大学大学院教授の柳川範之氏と語った。
多様な働き方を支える制度改定が必要
麻野:さまざまなところで議論されている「働き方改革」ですが、実現のポイントはどこにあると柳川さんはお考えですか?
柳川:「残業時間の上限規制の導入」「同一労働同一賃金の適用」「高度プロフェッショナル制度の創設」を軸にした働き方改革関連法が参院本会議で可決され成立した。これは重要なステップだと思いますが、これだけで働き方改革が実現するわけではありません。私はさらに抜本的な改革が必要になると考えています。
具体的には、「終身雇用」を中心とした従来の日本的経営のシステムを変えるということです。「人生100年時代」と言われ、誰もがセカンドキャリアを考えることができる時代において、定年退職後、退職金で悠々自適に暮らすスタイルが成立しなくなっている。その現状を踏まえると、日本の働き方のシステムそのものを改革する必要があると思います。
麻野:抜本的な改革とは、どのようなことをイメージされていますか?
柳川:リカレント教育(学び直し)の実践です。入社後に社内教育で培った知識と能力だけでは今の時代、仕事を続けていくのは難しくなっています。つまり、学び続けていくことが重要になってきているということです。
もちろん、何かを新しく学ぶことは、誰もがいつでも挑戦できることですが、日本の現状のシステムでは難しい。なぜなら、終身雇用のシステムによって会社を辞めにくくなっているからです。例えば、会社を辞めて学校に入り直すといった選択は、キャリアを中断することになるため、リスクが高くなると同時にコストもかかります。
だからこそ、国が制度面で支援していく必要がある。また、働き方の多様性についても考える必要があるでしょう。いまや大学を卒業した後、同じ会社で定年まで勤め上げる人ばかりではありません。子育てで仕事を中断したり、介護で仕事を途中で辞めざるを得なかったりと、さまざまな働き方のパターンが存在しています。
しかし現行の制度は、そういった働き方の全てを充実させられるようには出来ていないため、制度を整えていくことが重要です。また、会社の人事システムも変える必要があるでしょう。現在の人事評価の仕組みは、正社員としてひとつの会社にずっと勤めることが前提になっています。
しかし今は、転職者や時短勤務者など、さまざまな人を評価する仕組みを構築していかなければいけない。そんな時代です。もちろん簡単なことではないですし、ついつい「成果で評価する」議論にもなりがちですが、それもミスリーディング。それぞれの会社の方針に基づきながら、評価の仕組みをどう変えていくのかを考えなければいけません。
麻野:多くの日本企業では、勤続年数が長くなればなるほど得になる人事制度が多いですが、転職者に対しても、メリットがある制度を設計していけない、と。
辞めやすいシステムをベースに、人を惹きつける
柳川:その通りです。技能蓄積が重要になってくるエンジニアなど、長く在籍することが確実なメリットにつながる職種を、意図的に評価するのであればいいでしょう。
ただ多くのケースは、長く在籍させること自体を目的とし、「とにかく人を辞めさせない」方向でマネジメントしています。それは、本人の能力発揮の機会を失うだけではなく、結果的に会社の生産性が向上しなくなることを忘れてはいけません。
麻野:組織改善クラウド「モチベーションクラウド」では、「評価給与の納得感」は最もスコアの低い項目の一つです。また、社員クチコミサイト「Vorkers」では、年齢が高くなればなるほど待遇の満足度は下がる傾向にあります。多くの日本の企業は右肩上がりで成長し続けた高度経済成長時代に築いたシステムを今も維持しています。終身雇用・年功序列で、さらには退職金までついてくる。最後まで勤め上げれば大きなリターンがあるので、人が辞めにくくなっています。
一方で、企業側も簡単に個人を解雇できません。例えば、環境変化に応じて人員を減らしたくても減らせない。そのため、結果的に企業も生産性が低くなってしまいます。本来は、「辞めやすいシステム」をベースにし、在籍してほしい人は惹きつけ続けるシステムを構築するのがいいと思うんです。
でも今は、企業に必要な人もそうでない人も辞めにくくし、企業内にとどまらせてしまっている。そのため、労働生産性が上がらない仕組みになっているのだと思います。また、極端な意見かもしれませんが、退職金もなくした方が良いと思っています。後払い方式をやめて、価値を生んだタイミングで本人に支払う「即時精算方式」が理想的です。後払いにすると、最後までしがみついた方が得だと考える人がたくさん出てきてしまいます。
柳川:そうですね。過去の仕組みをそのまま踏襲してきたけれども、抜本的に考え直す時期に来ているのだと思います。