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ゲノム解析の女性起業家が考える、私たちの未来

Andrey_Popov / shutterstock

最近思ったことで、一見「矛盾」している2つの行為を、意志を持って同時に行うことができる人は強い、というものがあります。

起業をした頃に難しいなと思ったことの一つが、例えば「現実を受け入れる」ことと「夢をまっすぐ見る」ことのように矛盾する2つのことを同時に行う必要があるということでした。多くの人は厳しい現実に晒されると夢を持てなくなったり、逆に夢ばかり見て現実が見えなくなったりしてしまうことがあります。

しかし起業家の場合は、しっかりと現実を直視しなければ会社は潰れますし、同時に理想も掲げなければ未来に対して強い推進力が保てなくなってしまいます。

この「同時矛盾的行動」に関心を持つようになったのは起業をしてしばらく経った頃で、ただ「他人の邪魔をするために邪魔をする」ような人からの嫌がらせなど様々な矢面に立たされて、人に対しての信頼を手放しかけたときでした。

そのときに大先輩の経営者から、「人を疑う」と「人を信じる」は両方同時に持てるものだから、頑なにならずに変わらず純粋でいてほしいと言われました。それがきっかけで、人を信頼もしながら健全な猜疑も同時に持つということができるようになり、矛盾することは同時にできるのだと思い始めました。

上記の例だけでなく、会社経営を行うに当たっては、多くの相反することに向き合う必要があります。自分の利益と他者の利益が相反する、短期的利益と長期的利益で取るべき施策が矛盾する、進みたい方向とステークホルダーに求められる方向が相反する、などです。

このように社会は多くの矛盾を保持していますが、それではこのような矛盾は何故生じるのでしょうか。経営を通してさまざまな相反することを経験するうちに、世界の矛盾に対してどう向き合うべきかについて考えるようになりました。

生命は生きるだけでそもそも矛盾を抱えている

原点に立ち返ってそもそもですが、生命自体が生きているだけで多くの矛盾を抱えています。

生命は「個体として生き延びて種として繁栄する」ことをミッションとして、その様々な仕組みを持っています。しかしそのミッション自体が矛盾を含んでいます。

例えば、個体として生き延びるために必要なのは「利己」的思考なのに対し、種の繁栄のために必要なのは「利他」的思考です。また、細胞にとっての死が個体の生を生み、我々一人ひとりの個体がいずれは死ぬことが種全体の繁栄を生み、生物種の栄枯盛衰が生命を存続させる、というように利害が一致しないように見えます。

ここで、例えば「細胞が死んで入れ替わった方が体を健康に保つことができる」という風に、メカニズムを客観視すると誰もが同意するにも関わらず、「我々人が死んで入れ替わった方が人類を健康に保つことができる」と、自分が一員になって主観的になった瞬間、「一人の命と多くの人の命はどちらに価値があるのか?」というような矛盾的な問いを抱えたりします。

ここから考えられることは、本当は矛盾はどこにも存在せず、どこに「主観的な思考の系」を作るかという思考枠が複数存在するだけだということです。

文=高橋祥子

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