基本的に、倉庫業にとって重要なのは「いかにモノを早く動かすか」。できる限り回転率を高めて、多くの物品を取り扱うことで利益を上げるからだ。そんな中、寺田倉庫で保管する物品には美術品が多いことに、中野は気づく。
文化財は頻繁に出し入れする必要はないが、そのぶん預かった品を劣化させない高度な管理環境が求められる。中野は、「従来の回転率ではなく『動かさないこと』が価値になる。正倉院のように、1000年倉庫を目指したいんです」と語る。
そこで中野は、取扱品目をワインやアート作品、楽器などに絞り、倉庫の大幅な設備投資を実施。さらに、ワインやアートの保存・保管技術について大学との共同研究や最新テクノロジーを導入し、預かる品ごとに最適な温度・湿度といった環境を常に実現する。
技術に投資を惜しまない分、ターゲットは富裕層のみに限定した。ワインセラーは、1人につき最大3000本を預かるほどの規模のものもあるが、それでも希望者は後をたたない。
「うちがやりたい値段で、やりたいことをやる。それでお客様がつかないなら、クオリティをあげればいい。値下げは一切しません」
倉庫だけでない「付加価値」の数々
さらに寺田倉庫には、従来の倉庫にはないサービスが多数存在している。例えば、ワインセラーには一流のソムリエが出迎えてくれるラウンジスペースを併設し、付加価値を提供している。知識のある専門家との会話を提供することで、新たなボトルを入手したらまたここに預けようと思わせる効果があるという。
美術品に関するオプションも、様々だ。確かな実績を有する美術品修復士を責任者にアサインした修復工房や、顧客が保管するアート作品を展示できるスペースなど、美術品保管庫の顧客ニーズに幅広く応える。 さらに、アートアワードによる若手アーティスト支援や、希少な画材を集めた画材ラボ、現代アートギャラリーが集うアート複合施設などの設立や、運河エリアの景観整備など、本社を置く天王洲エリアの開発を行うことで、同エリアをアートの街として生まれ変わらせた。こうした活動が評価されて、18年にはモンブラン国際文化賞を受賞した。
楽器保管庫にはリハーサルスタジオも完備。この他、演奏家、音楽愛好家向けに世界初の2画面電子ペーパーを使用した楽譜専用端末「GVIDO」の開発、販売を行うなど、ただ預かるだけでなく、それらを楽しみたい人や、業界の未来を見据えた活動を進めている。
こうした倉庫業にとどまらない付加価値を提供できるのは、取扱品目やターゲットを明確に絞っているから。顧客によって形態や業績が左右されるB to Bではなく、B to C中心に業態を変えたことで、事業領域の拡大にも成功しているのだ。