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不当な搾取、暴力、性的被害、弾圧、言論の自由――。
私たちの生きる権利と尊厳が侵害された時、最も効率よく改善への道を模索する地球規模の組織がある。時に求人倍率600倍にもなるプロフェッショナル集団、ヒューマン・ライツ・ウォッチだ。


 ホテルオークラ「平安の間」で、極めて異色のディナーが催されたのは4月8日のことだった。
 集まった数は310人。会場を見渡すと、日本経済を動かすエスタブリッシュメントや、華やかさを彩る芸能人や著名人の姿が目に入る。彼らの参加費は寄付金である。最高額は1,000万円だ。
「こういうのもありなんだね」
 着席した夏木マリは辺りを見渡し、驚きの声を漏らしていた。テーブルに並ぶワインやステーキと、壇上に立ったゲストスピーカーが、ミスマッチとしか思えない組み合わせだったからだ。無名のスピーカーは、食事をする人々にこう語り始めた。
「カダフィ大佐に対する私たちの闘いは人権闘争でした」

 男の名は、ハッサン・アルアミン。1983年にカダフィ大佐の治安部隊に逮捕され、拷問を受けた後に亡命。イギリスで人権運動を30年間続け、「アラブの春」でカダフィが死亡すると、故郷リビアに帰国した。しかし、民兵組織に武装解除を求めたため、武装集団から暗殺の宣告を受けた流浪の人権活動家である。

 華やかな宴をしんとさせる重い事実。語られるのは、表面的なニュースからはうかがい知れぬ暗部である。このチャリティ・ディナーはこう呼ばれる。
<Voices for justice>―主催するのは、世界最大級の人権NGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(以下、HRW)である。
 HRWが世界中からかき集める寄付は、年間43億円にのぼる。日本ユニセフ協会が国内の募金で集める169億円に比べれば少ないが、決定的な違いは使い道だ。ユニセフ募金は恵まれない子供たちへの救援物資や支援に使われるのに対して、HRWの目的は問題解決、つまりヒューマンライツ(人権)を虐げる加害者、そして国家権力を追い込むことにある。つまり、“正義の代償”だ。

 日本で正義のコストに寄付をする人たちは、新たな市場が開拓されるように増えている。HRWは隠蔽と無関心によって誰からも見捨てられた世界を見つけ出し、次のような理解しがたいニュースの裏側にも彼らの存在がある。
 チャリティ・ディナーから半月後のこと。北朝鮮の朝鮮中央通信は、北朝鮮ウォッチャーたちを驚かせる異例の非難を始めた。国連の北朝鮮人権調査委員会のマイケル・カービー委員長をこう罵ったのだ。
「40年以上、同性愛でスキャンダルを残し続け、70歳を超えた今でも同性に思いを寄せる汚らわしい老いぼれの好色漢だ!」
 明らかに一線を越えていた。これまで北朝鮮は韓国の大統領を「人間のクズ」と罵り、アメリカを「腐敗した帝国主義」と非難してきたが、それはいわばお約束の芸風である。しかし、ゲイであることをカミングアウトして、マイノリティの人権保護のために活動してきたオーストラリアの元判事、カービー氏への凄まじい中傷は、孤立国家の激しい狼狽を浮き彫りにした。
 北朝鮮が我を失った理由は、国際人権法に問われたからだ。国内での人権侵害を突きつけられた金正恩が、ハーグの国際刑事裁判所に被告人として出廷させられる可能性が出てきた。実現すれば、彼はハーグの拘置所に収監されることになる。
「経済制裁とはマグニチュードが違う」と、HRW東京の土井香苗が説明する。
「二国間で行われてきた経済制裁と違い、国際的な法的制裁を受けると、国家としての名誉を傷つけられます。今でも日本国内で東京裁判を覆したいと思っている人が多いように、司法によって裁かれることは強烈な恥になる。人権侵害を続ける北朝鮮への強力な圧力になるのです」

 北朝鮮内での人権弾圧の証拠を集め、日本政府に何年にもわたってかけ合って国連に調査委員会を設置させたのが、土井らHRWだった。
 HRW東京オフィスを切り盛りするのは、土井、趙正美、吉岡利代の3人を中心としたわずか5人である。彼女たちが90カ国で活動する約400人のHRW職員と連携し、問題解決に動く。では、何が彼らを行動に突き動かすのだろうか。

国防総省からの転職

 2004年2月、私(筆者)が初めてニューヨークのエンパイア・ステート・ビルにあるHRW本部を訪ねたのは、偶然からだった。
 イラク戦争は開戦から2カ月で終結宣言をしたものの、現地で日本人外交官2名が射殺されるなど、米軍によるイラク統治は混乱を極めていた。イラクの内実を知るべく、アメリカで帰還兵への聴き取りを重ねていると、「ペンタゴン(国防総省)で重要な職にあった人間が辞職した」という情報を耳にした。その人物、マーク・ガーラスコにコンタクトをとると、彼の転職先が国防総省とは水と油のはずのHRWだったのだ。
 小雪がぱらつく中、マンハッタンの観光名所とはいえ、古くて狭いオフィスを訪ねると、ガーラスコはこう自己紹介した。
「私はクリントン政権時代から7年間、フセインとイラク首脳部を、衛星、偵察機、通信傍受などで追跡していました」
 彼は国防情報局の上級分析官だった。彼が語る戦争の内幕は衝撃的である。
「戦争中、レーザー誘導弾で爆撃する様子は、暗視カメラによってペンタゴンのモニターにリアルタイムに映し出されます。爆弾がビルに命中すると、閃光が走り、建物の破片とともに人間たちが宙に舞い、手足をバタバタさせながら地面に叩きつけられる。その瞬間、画面の前で我々は歓声をあげ、拍手喝采です。ところが、最初の一撃から50回目の攻撃まですべて誤爆。何度も映像をスローモーションで再生したけれど、被害者はフセイン政権とは何の関係もない民間人だったのです」
 ハイテクを駆使して、CIA、NSA(国家安全保障局)と連携した諜報活動のはずが、偽情報ばかりを掴まされていたのだ。
 これが“正義の戦争”か? 彼はブッシュ大統領が戦争終結を宣言した直後に辞表を出した。そして相談した相手が、HRWの事務局長、ケネス・ロスだった。

 ロスはイェール大学出身の弁護士で、1987年には連邦検察官として米政府のスキャンダル「イラン・コントラ事件」を担当した経歴をもつ。スーパーエリートの身分を捨てて、ロスはNGOの世界に飛び込んだ。同じくペンタゴンを離れたガーラスコを、ロスはHRWの武器局に迎え入れたのだ(ガーラスコは2010年に退職し、現在は国連人権理事会の関係機関に所属)。
 では、なぜHRWに武器局があるのか。
 HRWには「Eチーム」と呼ばれる緊急対応部門がある。わずか5,6人のメンバーだが、ブートキャンプで訓練を受けた精鋭だ。ロシア人女性、アンナ・ネイスタットもその一人(126ページ写真)。法学博士でもある彼女は、旧ソ連時代から人権問題にかかわり、その後、多くの危険地帯に潜入し、徹底した調査を行っている。
 ある時は隠された遺体を土の中から掘り起こして傷跡を調べる。あるいは家の壁に無数にある銃痕から、壁に並ばされた住民たちが処刑された事実を掴み出す。目的は物証によって、国際人道法を犯した者を刑事訴追するためだ。

 2013年、アンナたちEチームはHRWの中東局とともにシリアにいた。シリアでサリンと思われる化学兵器によって多くの市民が攻撃を受け、死傷者をだしていた。化学兵器を使ったのは、シリア政府なのか、反体制派なのか。のちにオバマとプーチンの対立に発展する緊急事態であり、シリア政府はジャーナリストやNGOの入国を拒否。そこで、アンナたちはトルコとの国境に敷かれた有刺鉄線をニッパーで切り、シリアに歩いて入国したのだった。
 イスラム教徒がまとうヒジャブを頭から覆い、アンナたちはロケット弾の目撃証言を得ていった。さらにおびただしい数の遺体を一つひとつ数え、医療従事者に被害者の医学的症状を聞く。そして使用された兵器システムの残骸やロケット弾の破片を探しては撮影した。その写真を前述した武器局に送り精査させたのだ。
 徹底して物証を集めることで、兵器が旧ソ連製であり、反体制組織ではなく政府軍しか使用できない武器であることを突き止めた。HRWの活動の第1のステップ「真実を暴き、世界に公表する」である。
(以下略、)

藤吉雅春

 

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