スタートアップ

2018.08.22 15:00

「すべては作戦でした」 ヤフーと組むことにした新世代起業家の告白 #30UNDER30

dely社長 堀江裕介


しかし、である。これでは抽象的なイメージをぶち上げて、勢いのよい発言を繰り返しながら資金調達を狙う若手IT起業家そのものではないか。「影響力」という抽象的な言葉はビジョンとは言えない。
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意地悪かとも思ったが、あえて堀江にそのままぶつけてみた。すぐに威勢のよい反論が返ってくるかと思いきや、一瞬の沈黙が訪れた。堀江はゆっくりと口を開く。

「今まで、僕は演じてきました。どうしたらお金が集まるかを考えて、自分のキャラクターをつくった。完璧にストーリーを書きあげ、計算してメディアに出ていました」
 


それはこんなストーリーである。一度、失敗した若い起業家が再起に挑戦する。失敗を恐れないやんちゃな若者が勢いよく言葉とともに、仲間とのし上がる──。
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「人がお金を集める方法は2通りしかない。実績を積むか、勢いか。僕には実績がなかったから、勢いに賭けた。それなら優等生キャラより、周囲に噛み付いているキャラの方が面白いでしょ。現実的なことを言うより、大きなことを吹いているほうが目立って、注目される。注目されると投資もしてもらえる」

堀江の「計算」はスタートアップを好意的に取り上げる経済メディアを中心に刺さっていく。取材を申し込んでくる記者たちも、明らかに勢いのよい発言を求めた。そこで堀江は割り切ることにした。

ここで描いたストーリー、作り上げたキャラとは違う発言をしても彼らは納得しない。むしろ、キャラ通りの発言をしたほうが取り上げてもらえる。ビジネスに必要なのは注目だ、と。痛々しくみえるくらい「勢いのある起業家らしい」言動を貫いた。

「人材も資金調達も『注目』というレバレッジを効かせないと、集まってこない時期でしたから。演じるほかない」

ならば、今はどうなのか。この質問は即答だった。

「もう演じる意味はない。勢いで登りつめるフェーズは終わりました」

ここで、一つの疑問がわいてくる。再起を賭けたレシピ動画はただのネタだったのか。当たる動画であれば、いや当たる事業でさえあれば何でもよかったのではないか。レシピ動画は1位になるための「手段」なのか。それとも事業を通じて達成したい「目的」があるのか。

最初は手段だった

堀江はこちらが拍子抜けするくらいあっさりと「最初は手段だった」と認めた。

「でも、今は違いますね。この事業に対する愛情があります。ここで別の人に譲って、僕は違うことをやりますというわけにはいかない。クラシルというブランドを育てたいというメンバーがたくさんいます。レシピ動画以外のことは考えられないですね」



堀江はよく「コンテンツに優位性はない」と語る。これはよいコンテンツが不要という意味ではない。

「うちに掲載されているカレーのレシピ動画が、競合する動画サイトにあってもユーザーには関係なく、普通に使いますよ。レシピは真似もされますし、いくつか優れたレシピがあるだけではクラシルには来ない。コンテンツは群になってこそ意味があるんです。レシピ群の中からおすすめがあり、使いやすいデザインがあるとなって、初めてブランドへの信頼が生まれる」

例えるなら家だ。居心地のいい家とはなにかを考えてみるといい。他の人の家にいったとき個別のコップや棚に並んだ本から褒める人はいない。良い家には統一された価値観があり、一つ一つの家具や小物も価値観によってチョイスされている。全体の雰囲気に人は居心地のよさを感じる。クラシルは家、コンテンツは家具である。

「ここじゃなきゃダメだというユーザーを増やすこと、定着してもらうことが課題です。今は質を磨く時期だから」

次の事業展開を見据え、堀江はこんな考えを明かす。

「レシピ動画とECの組み合わせにチャレンジしたいですね。料理って数日分をまとめて考えるほうが効率がいい。あるいは冷蔵庫にあるものでできるものを提案する。生活を改善するサービスでありたい」

サービスを成長させていき、1位となった先に彼が見据えるのは何だろうか。いま、お金があったら何をしたいのかと聞いた。

「中学時代の文集にも書いていたように、がん研究や健康事業への投資をしますね。西日本豪雨の被災地に数億単位の寄付もしたと思います」

またしても即答である。レシピ動画を起点に、彼の目は誰かにとって役に立つことへと向かう。その姿勢だけはどんな質問をしてもぶれなかった。彼にとっては「1位」や「1兆円企業」を目指すと公言することは手段なのだろう。

中学時代の文集はこう締めくくられている。「地球の誰かが私を必要とする限り地球のために働き続ける」

今なら「必要としてくれるユーザーやメンバーのために働きたい」になる。少年期から変わらない思いが、“ビッグマウス“の「本心」ということだろうか。


Forbes JAPANはアートからビジネス、 スポーツにサイエンスまで、次代を担う30歳未満の若者たちを表彰する「30 UNDER 30 JAPAN」を、8月22日からスタートしている。

「Business Entrepreneurs」カテゴリーで選出された、delyの堀江裕介以外の受賞者のインタビューを特設サイトにて公開中。彼ら、彼女たちが歩んできた過去、現在、そして未来を語ってもらっている。



堀江裕介◎1992年生まれ。群馬県出身。2014年4月、慶應義塾大学在学中にdely株式会社を設立。フードデリバ リーサービス、キュレーションメディアを立ち上げるが、撤退。2度の事 業転換を経て、2016年2月よりレシピ動画サービス「クラシル」を運営。2017年8月にはレシピ動画本数が世界一に、2017年12月にはアプリが1000万DLを超えるなど、クラシルを日本最大のレシピ動画サービスに成長させる。

Forbes JAPAN10月号(8月25日発売)42ページに掲載した本記事のタイトルで、誤解を招く表現がありました。謹んでお詫び申し上げるとともに、以下に訂正いたします。

「すべては作戦でした」ヤフーと組むことにした新世代起業家の告白

文=石戸 諭 写真=小田駿一 スタイリング=藤長祥平 ヘアメイク=久留島

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