しかしここ数年で、遺伝子の働きをコントロールする「エピゲノム」の存在が注目されている。がんを始めとする多くの病気も、喫煙や生活習慣の乱れなどから引き起こされるエピゲノムの異常が蓄積することで発症することがわかってきた。
エピゲノムの情報解析プラットフォームを作り、未だ謎多きエピゲノムの解明に向けて先陣を切るのが、バイオベンチャーのレリクサだ。エピゲノムの解析によって得られた知見をもとに、人々の健康寿命の延伸を目指す。
今回は、レリクサ代表取締役社長の仲木竜氏に、エピゲノムに秘められた可能性について聞いた。インタビュアーは、人生100年時代における人の在り方を研究する「ヒューマノーム研究所」創立者の井上浄氏。この連載では、全5回に渡り「ポストヘルス時代」を考察してきた。今回が最終章となる。
井上:ゲノムは皆さん聞き覚えがあると思います。では、エピゲノムとは?ここから説明していただけますか。
仲木:ゲノムとは両親から受け継いだ、DNAの配列情報そのもののこと。つまり、生まれたときから決まっている情報で、その中にはたとえば体格や太りやすさなどを左右する様々な遺伝子が存在しています。
一方で、エピゲノムは、DNAの配列はそのままに、その遺伝子の働きをコントロールする作用のことで、外的要因によって後天的に変化します。ちなみに、エピゲノムとはゲノムのように特定の分子を指すわけではなく、後天的に働く相互作用分子の総称を指します。
井上:ゲノムを取り巻く環境、というと分かりやすいですかね。
仲木:そうですね。一卵性双生児の例がわかりやすいと思います。 双子は同じゲノム配列を持っているのに、だんだんと体の特徴や体質が異なってきますよね。生活習慣など後天的要因からエピゲノムが変化し、遺伝子の働きが変化した結果なんです。
井上:私たちの体内の機能のオン・オフが、時間の経過や環境によって切り替わっているんですね。
仲木:先天的に決まっている情報がゲノム。環境要因など後天的に決まる情報がエピゲノム。“エピ”は“エピローグ”という言葉にも使われているように、「後で」という意味を持ちます。
井上:エピゲノムを研究するレリクサは、学生のとき立ち上げた会社なんですよね? ずっとエピゲノム一筋なんですか?
仲木:実は僕、もともとはコンピューターサイエンスが専門なんです。修士課程にいたときはゲノム配列の解析をして、パターン認識からアルゴリズムを作るといったことをしていました。でも、ゲノムデータと実際の身体の現象との間には結構大きなギャップがあることに疑問を持って。それで博士課程では、「ゲノムの働きと細胞の機能の間にある理解のギャップを如何に計算科学で埋めるか」を研究するラボに入りました。
レリクサ 代表取締役社長 仲木竜
井上:起業をしたのはなぜ?
仲木:僕が所属していたのは、学生から先生まで含めて全員で50~60人いるような巨大ラボで、研究予算も潤沢だったんです。でもいろんな学会に行くようになると、マイナーな疾患やヘルスケアの分野には、全然お金が降りてきていないことに気付いたんですよ。
井上:そのときの流行りだとか、国が注目している分野にはお金がまわりやすいけど、それ以外は苦労しているところも多いですよね。ヘルスケアって今でこそホットですけど、昔はフワッとしていて怪しい分野というイメージがありましたからね。
仲木:ヘルスケアって簡単にいうと、致命性はないが、精神・身体的にじわじわと負担をかけていく症状だと思うんです。肥満とか、薄毛とか、不妊とか、不眠とか。薄毛って致命性はないけど、男性も女性も困っている人は相当多いですよね。こういった分野に公的な研究資金が集まらないのであれば、自分でお金を集めてやるしかないだろうと思って2015年に立ち上げました。