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シネマの女は最後に微笑む

映画『母の眠り』で母役を演じるメリル・ストリープ(Photo by Mike Coppola / gettyimages)

先日、政府は、高齢化に伴って増大する社会保障費に、新たな抑制目標を設ける検討に入ると発表した。医療費に使われる10兆円規模の国費は、これまで診療報酬改定や医療・介護の自己負担などの制度改正で削減されてきたが、今後は増々国民の負担が増える可能性が高い。

もちろん私たちの介護負担は、金銭面ばかりではない。特に働く人々にとって、親の介護と仕事の両立は頭の痛い問題だ。

高齢ではなくても、もし今突然親が病に倒れ、自分が在宅介護せねばならなくなったら‥‥と想像して、ゾッとする人は多いだろう。介護離職という言葉が示すのは、「終日親の介護に追われてそれまでのキャリアを棒に振る」という悪夢だ。そんな中で、当の親や、直接介護に携わらない他の家族を恨んだりすることになるかもしれない。

今回紹介するのは、仕事と介護の狭間で苦悩する女性と母親との関係を描いた、1998年のアメリカ映画『母の眠り』(カール・フランクリン監督)。物語は、母を亡くした娘が、直接の死因に疑問を抱く検事に事情聴取される中で、回想を語るという形で進行する。

大学を出てからニューヨークの新聞社で記者をしていたエレン(レニー・ゼルウィガー)は、父の誕生パーティ出席のため郷里に戻ってくる。大きなケーキを作り部屋を飾り立て、仮装パーティの装いではしゃぐ母ケイト(メリル・ストリープ)。著名な作家で大学教授の父を敬愛する「パパッ娘」であるエレンは、典型的な専業主婦の母とはあまりそりが合わない。そんな折り、母が末期ガンであることが判明、父から「家に戻ってママの世話をしてほしい」と頼まれる。まだ学生の弟の手は借りられない。

記者としてある政治家の収賄事件を追っているエレンは、「ここでは仕事ができない」と抵抗するが聞き入れられず、仕方なく一旦職場に戻り、件の仕事だけはやり遂げたいと編集長に告げた後、恨めしい気持ちでニューヨークを後にする。

娘が介護のために帰郷したことを知って驚く母に、「私がここにいたいの」とエレンは嘘をつく。さすがに、嫌々介護をしているとは思われたくないのだ。

だがこれまで仕事一辺倒で、自分のことだけ考えていれば良かったエレンにとって、実家での生活は予想外の出来事の連続だった。

まるで家政婦のように娘に次々用事を言いつける父。母が参加しているボランティアサークルの昼食会では、彼女に替わって料理を作ってみるも無惨な出来。家事と夫の世話と地元の人間関係に固定された母の生活圏は、ニューヨークで飛び回っていた自分の行動範囲とは比べ物にならない窮屈さで、「母のような生き方はしたくない」と思ってきたエレンは心底うんざりする。

そんな娘の心理を、母は無言のうちに見抜いている。家事の合間を縫って懸案の仕事を続ける娘に遠慮し、時々来訪する看護婦にしか痛みを訴えない母に、エレンは複雑な気持ちを抱く。そして、家を細部まで美しく飾る才能や、孤独な友人への思いやりなど、それまで気づかなかった母の美点を、次第に発見していく。

ハロウィンの地元行事に参加するシーンでは、エレンがかなり母の生活圏に馴染んできたことを伺わせる。親を自宅で介護するということは、親の属する文化やコミュニティを一旦はまるごと受け入れることなのだ。

文=大野左紀子

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