ここで、「会議を殺す人」や「生きていない会議」の傾向を9つあげてみよう。
1. 会議のスタート時間が遅い。前夜の麻雀話などをして場を温めているつもりで、実は冷ましている。
2. 会議の集合に遅れてきて「説明してくれ」と言い放つ(そして、10分前からやり直しになる)。
3. 「そろそろ時間ということで飯でも行きますか……」と結論を先送りにする。
4. 「上司に聞いてみますね」を連発する(それなら会議に部長を呼んだほうが早い)。
5. 進行役がその会議のトップで、会議ではなく、単なる命令報告会にしている。
6. 会議の趣旨が明確でなく、その場で「今日の議題は?」と聞く。
7. 会議のための会議があり、社内調整や下準備に時間がかかる。
8. 女性がお茶を運んでくる(実はペットボトルのほうがコストが安く効率的)。
9. 会議室で長い間待たされる。なかなか始まらない。
そういえば、日本の家電メーカー2社でこんなことがあった。
ひとつの会社では、薄型テレビのCMや広報戦略が議題だった。部長クラスで何度もミーティングをし、社内の承認がとれていた。とにかく時間がかかる企業でびっくりした。確認事項が本当に多い。
そのうえで、役員プレゼンが行われた。ボクは出席していなかったが、社長がプレゼン終了後に「そういえば、僕の友達のCGクリエイターがいて……」と話し始めて全てが白紙になり、その友達とやらのどうでもいい企画に変更になったことがある。もちろんそのプロジェクトの結果は散々な結果を生んだ。
役員が1人も「NO!」と言わずに「ですよね〜」と「いいですね」と社長を持ち上げ、思いつきの別案に決まったという。ロジカルな理由はどこにもない。それなら、100時間以上も会議をする必要性はなかった。最初から社長に聞いて決めればよかったのだ。無駄で、儀式的な会議になってしまったのだ。
だが、それは多分、特殊なことではないのだろう。この会社では日常茶飯事的に、あらゆる分野でそんなことが起こっているのだろうと想像される。
もう一社を訪ねたのは冬のことだった。ところがなんと、暖房がついてなかった。経費節減のためと全員上着やダウンを着ていた。ボクだけに温かいペットボトルのお茶が出てきたが、悪くて飲む気がしない。とにかく寒く、会議に集中できない。さらには、150万円ぐらいのプロジェクトを進めるのに3か月もかかった。3か月も検討した結果、「やはりやめましょう」となった。
その間に発売した製品はどんどん腐っていった。担当者は「A社のいいところとB社のいいところを盛り込んだのにおかしいなあ」と言っていたが、全てが遅すぎて、商機を失ったのだ。
結果的に両社とも経営危機が訪れた。なるべきしてなったのかもしれない。
最近、ある宇宙ベンチャー企業の会議には感動した。本当に小さなベンチャー企業である。会社へ行くと、ビルの1Fですでに待ち構えていた。「すごいおもてなしですね」と述べたら、「当然です。わざわざ来てくれたんですから」とお出迎えしてくれた。
普通、受付の電話で呼び出して、担当者が来るまでに時間がかかったりする。それが当然だと思っていた。その担当者は「米国ではこれが当然ですから」と言った。彼いわく、イーロン・マスクのスペースXに行ったときは、駐車場に名前の書いた札があり、出迎えてくれたらしい。そういえば、以前シリコンバレーの某社に行ったときもそうだった。先週、船井総研に行ったときも、パーソルキャリアに言ったときも出迎えがあり、そのまま会議室へ向かった。
ちょっとしたことだが、これですぐに打ち合わせに入れる。先程の宇宙ベンチャーも会議室には資料が並べられていて、すでにPCは、スクリーンに接続されていた。
会議も殺すも活かすも、議長次第だと思う。そして、会議が死んでいる会社は、会社もいずれ死ぬのだ。時間の問題だ。業績が上り調子の会社は、会議で「考える」時間はない。会議は、考えてきた内容を議論する場である。そして結論が明確に出る。それが理想の会議だ。
誰が会議を殺すのか?
それはこのコラムを読んだあなたかもしれない。