クリスティーズCEOに聞く、アート取引の最前線

クリスティーズ・ロンドン、「印象派と近代美術」プレビュー会場。左からシーレ、ピカソ、モネ。そうそうたる傑作が一堂に会した。 (photograph by Richard Boll)

オークション界の二強、クリスティーズとサザビーズ。どちらも250年以上の歴史を誇る、アート界のスーパーパワーだ。二社で9割を超えるシェアを100年以上握っている例は他業界にあまり類を見ない。それぞれの年間売上高は約8000億円。現在はクリスティーズが若干サザビーズをリードしている。
 
その世界一のオークション会社・クリスティーズロンドンのギョーム・セルッティを、ロンドン本社に訪ねた。
 
社長室には翌日のオークションの目玉であるゴッホ作品がさりげなく掛かっている。トップセールスの場でもあるこの部屋では、コレクター垂涎の名画を常時見ることができる。世界のメガコレクターもこれにはかなわない。そう指摘すると、「アキ、確かにオフィスではね」と人懐っこく笑った。
 
セルッティは昨年までサザビーズ・パリのトップを務め、実は筆者とは入社もほぼ同時期で研修も一緒だった旧知の仲だ。歴代大統領を輩出したENA(フランス国立行政学院)出身で、政治・文化の要職を務めたが、官僚的なところはまったくない。取材の間も、「この仕事で一番大事なのは人間関係」と繰り返していた。

22歳の時には日本で1年間インターンを経験し、現在も「アート界のノーベル賞」といわれる高松宮殿下記念世界文化賞のフランス側選考委員を務める日本ファンでもある。
 
大阪の藤田美術館が中国美術約300億円分を今年の3月にクリスティーズで売却したことに話が及ぶと、元ポンピドゥー・センターのマネジングディレクターでもあったセルッティはよどみなく答えた。

「活用されていない美術品を売却して、核となるコレクションの拡充に専念するのは理にかなった素晴らしい決断でした」
 
話題は縦横に広がった。まずは、近年のコレクターの傾向について聞いた。「非常に情報に精通しているので、市場に出回っていない真に質の高い作品が求められる傾向が強くなりました。そういう作品が出品された時の買い意欲は強いですね」
 
確かに、最近ではいわゆる「目垢のついた」作品では不落札に終わることも珍しくない。ところが、希少価値が高く、さらに質も高い作品が出品されると、予想を上回るビッドが殺到する。つまり、コレクターの選別の眼はより厳しくなってきているといえる。

視線を壁のゴッホ作品に転じる。ゴッホが37歳の生涯を閉じる前年、敬愛するミレーの《鎌で刈る人》のイメージを油彩に描いた傑作だ。これほどゴッホらしい色彩の作品が市場に出ることは稀有だ。下見会での反応から、オークション前日には大体の感触はつかめる。私がつかんでいた情報だと、かなりの高値が期待できそうだった。それもアジアからの注目が熱い。


左/クリスティーズCEO・ギョーム・セルッティ(右)と石坂泰章(左)。ゴッホ最晩年の《鎌で刈る人》を前に。取材の翌日のオークションで、予想価格の倍以上、2420万ポンド(約35億円)で落札された。

「おかげさまで関心の度合いは高いですね。アジアからの引き合い? それはアキの方がよく知っているのでは」

オークション会社には売り手、買い手双方に対して守秘義務がある。ましてやCEOの立場、上手に煙に巻かれた。

ネット社会がオークションの世界に及ぼす影響については、「ライブオークションがすべてネットオークションに置き換わることはありえない」と筆者と意見が一致したが、テクノロジーの活用にはポジティブだ。

「全売り上げに対するネットオークションの比率はたった1パーセントですが、これでも前年の倍に相当します。新規顧客開拓には数字以上に貢献しています」

オークション会社にとって、時計や手頃な価格帯の作品など、広く親しまれるジャンルは新規顧客の獲得に従来から貢献してきた。それに加えてテクノロジーの活用で、さらなるグローバル展開が可能になった。ついにインタビューは佳境に入った。

クリスティーズは今年3月に他界したデイヴィッド・ロックフェラーが所蔵する美術品をオークションで売却する権利を獲得。予想価格は史上最高の総額700億円以上。その獲得の裏には他社とどんな熾烈な戦いがあったのだろうか?(以下次回に続く)

文=石坂泰章

この記事は 「Forbes JAPAN No.38 2017年9月号(2017/07/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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