野本社長は2015年4月に中期経営計画「STEP TO THE NEXT STAGE」を掲げ、イノベーション施策として、社員によるイノベーション創出を支援する「社内起業家育成制度」と、ベンチャー企業との事業共創プログラム「東急アクセラレートプログラム(TAP)」の2つを創設した。野本社長はなぜ、社内外二本立てでイノベーション施策を展開したのか。そして起業家マインドを持つ人材を育成するために何にこだわったのか。野本社長の思いと行動を掘り下げていく。
─「社内起業家育成制度」と「東急アクセラレートプログラム(TAP)」を創設しようと思われた経緯について、まずはお聞きしたいのですが。
さかのぼれば、私が東急不動産に出向していたころから、いろいろと考えてきたことが土台になっています。実は当時、取引先の方から「野本さん、独立しないんですか?」と言われたことが2度ほどありました。ただ、サラリーマンが独立するには2つの大きなハードルを越えなくてはなりません。まずは、独立して果たして成功できるのかという不安がありますね。もう1つは事業規模の問題です。当時、100億円から200億円規模の事業を手がけていましたが、独立して個人の力でそれだけの規模の仕事を手がけることができるかというと、そこまでの自信は私にはありませんでした。
お金をたくさん稼ぎたいというよりも、面白い仕事がしたいという気持ちで入社してきているわけですから、必ずしも独立したいわけではない。考えてみれば、私のような社員はたくさんいるだろう、と。事業を創造する意欲や能力はあるけれども独立してまでは、と思う社員に対して、会社として何か支援できないだろうかと考えていた矢先に、社内から社内起業家育成制度の提案が上がってきました。東急電鉄が本来持っていたはずのフロンティア・スピリットを喚起するためにも、まずはこれをやってみよう、と思ったわけです。
創業の精神をいかに喚起するか
─社内起業家育成制度の創設は、野本社長ご自身の個人的な思いや体験が根底にあってのことだったのですね。
東急電鉄も先代社長の五島昇さんが存命だったころは、ベンチャー気質みたいなものがかなりありました。私が入社したのは1971年ですが、それからしばらくして五島社長は「これからはケーブルテレビとカード、カルチャーだ」と言い出し、「3C」という言葉を編み出した。アメリカでケーブルテレビが登場し、いずれは金融もショッピングも教育も家庭内でできるようになる、と言われ始めたころです。
東急電鉄もそのころからケーブルテレビの実験を始め、実際にケーブルテレビ会社(現・イッツ・コミュニケーションズ)とクレジット会社(現・東急カード)を設立したのは83年のことでした。