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2016.08.07 15:30

「時の再生」を祈る、ケルト人の本当のハロウィン

2015年に、スコットランドの首都エディンバラで開催されたハロウィンのパレードのひとこま(Getty Images)

2015年に、スコットランドの首都エディンバラで開催されたハロウィンのパレードのひとこま(Getty Images)

美術文明史家、ケルト芸術文化研究家である鶴岡真弓の「時計は何のために存在するのか?」という根源的な問いとともに、進化する時計が秘める力に思いを巡らせたい。
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「時計は何のために存在するのか?」現代人は「時を計るためだ」と答える。しかし時計とは「時を再生させるために」在るのですと答える人たちがいる。それは機械時計が生まれる前の古代・中世の伝統文化を守ってきた、アイルランドなど「ケルト文化」の人々である。

ケルト文化とは、およそ3000年前、ギリシア・ローマより早くアルプス以北で育まれたヨーロッパの古層の文化だ。その文化伝統は現代にも息づいており、1990年代以降世界を席巻しているアイリッシュ・ダンスの故郷アイルランド。あるいは琥珀色のスコッチウィスキーの産地スコットランド。

近代デザインの父ウィリアム・モリスのルーツの地ウェールズなど、魅力的な「島のケルト」がそれであり、フランスのブルターニュもこの仲間である。
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そのケルトの人々は「時は再生する」という時間観や暦観をたいせつにしてきた。今や世界中に知られるあの祭。現代で「ハロウィン」と呼ばれる10月31日の夜に訪れるミステリアスな祭がそれである。

日本ではこの祭は死神の格好などのコスプレをし、子供や若者がパーティをするお祭だと勘違いされている。しかし実はこのハロウィンこそ、年に一度、「時の再生」を祈るケルト起源の最大の祭なのである。

アイルランドの伝統社会では、1年に4つの季節祭を祝い、1年のスタートに「冬の最初の日」のハロウィンを置く。今日世界に広まったハロウィンは「すべての聖人の祭」の意味で「万聖節」と呼ばれている。が、元はケルトの「すべての霊魂を供養する節句」、つまり「万霊節=サウィン」だった。

この世とあの世の境目が破れて、祖霊たちが蘇る31日の夜半に、1年で最も重要な「時の境目」がやって来る。

中世アイルランドの神話にあるとおり、異界への扉が開き、死者も生者も「過去」「現在」「未来」の時間を自由に行き交うことができる。つまりこの特別のモーメントに、それまでの365日の「旧い時間」が反転し「新しい時間」として再生するのだ。この「時間の大逆転」は、生きている人間だけでは、できはしない。

ケルト文化圏のみならず、古代・中世の人々にとって「時」とは計るものではなく、天や神(々)によって恵まれた「生命の時間」であり「聖なるもの」だった。時とは、輝く生命の鼓動そのものだった。これを支配し動かせるのは、生きている世俗の人間ではなく、霊となった人々、つまり万霊によって行われると信じられたのである。

いかにもこの日、夏の始まりを祝う5月のメーデーとは真逆。北ヨーロッパは、備蓄以外の食糧は無くなる死の季節、冬に突入する。ハロウィンの夜、「時の再生」が失敗せず成就されるようにケルトの人々は祈り、祖先や亡くなった仲間たちの霊に、魂のお菓子(ソウル・ケーキ)を捧げて供養する。

ハロウィンの夜に子どもたちが死者の格好をして、家々の戸口を訪ねる。時を蘇らせる霊の役割を果たすためである。「トリック・オア・トリート!=お菓子をくれないと、いたずらするよ!」

この決まり文句の中に、警句がこめられている。のうのうと1年の時間をむさぼってきた人間たちよ!「明日からの新しい時を、1年を、毎日をたいせつに暮らせるかい!?」と、霊魂の代理人として子どもたちが1戸1戸を訪ね問いかけるのだ。ハロウィンとは、ケルトの古代の祭暦に始まった、新しき時間の誕生を祈り迎える「新年」の始まりなのである。

日常には見えなかった旧と新の時が交流し、非日常の時間を経験できる祭。その瞬間あなたの時間、時計には、「過去」と「現在」と「未来」のすべての時が映し出される。先祖とゆっくり出会うのもよい。そして少し先の未来の光の中に自分自身を見出すのだ。それは日本人にも親しい祖霊が過去の時間を蘇らせる「お盆」と、「お正月」とが一緒にやって来る前夜といえる。

ハロウィンが終わると人々は来春の復活祭までの冬の半年を生きぬくことになるが、闇の季節にこそ芸術や哲学が生まれる。

「時計」とは「時を再生」させる輝く宝石箱なのだ。新しき時間を誕生させるため、今日も、魔法のような再生のパワーを内に秘めて、未来への刻々を刻んでいる。

鶴岡真弓◎多摩美術大学・芸術人類学研究所所長、ケルト芸術文化&ユーロ=アジア装飾文化研究者。東西各国の伝統デザインを調査。著書に『ケルトの歴史』(共著・河出書房新社)など多数。



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edit by Tsuzumi Aoyama、photograph by Kazuya Aoki 、styling and prop by Yu-ka Matsumoto

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