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I write about India's wealth creators.

Aleksandar Mijatovic / shutterstock

絵画に描かれるような美しいビーチと海が広がるインド南部のケララ州は、観光地として有名であっても、産業のホットスポットとして思い浮かべる人は少数だ。しかし、コチ東部にあるこの小さな町に、グローバル企業となったKitex Garments が生産拠点を置いている。Kitex Garmentsはベビー服の生産で世界第三位を誇り、GerberやThe Children’s Place、Wal-Mart 愛好者にはおなじみのブランドだ。Kitexの9,000名の従業員は、1着50セントという単価で、1年で2億点の衣類を生産している。

創業者のサブ・ジェーコブ氏(52)は、こう語る。「2018年までに1日110万着に生産キャパシティを増やす計画だ。そのころには我々は世界一位になっているだろう」。昨年3月までの1年間で7,700万ドル(93億円相当)の収益をたたき出し、5億ドル(610億円相当)の市場価値をもつKitexは、今年のFORBES ASIA のUnder A Billion リスト200部門で見事デビューを果たした。サブ・ジェーコブ氏は「インフラと技術面では、我々はすでに世界一だ」と自信たっぷりだ。

Kitex Garments の167,224平米の工場は空調が完備されており、どこを歩いてもピカピカだ。しかし、工場以上に目を見張るのは、隣接する275,200平米の従業員寮だ。広大なキッチンでは毎日32,000人分の食事が用意され、約8,000名の独身の従業員に食事と住居を無償で提供する。ジェーコブ氏は施設を案内しながら、「工場と寮のどちらも同じくらい重要なのだ」と語った。施設のデザインや建設計画には、最初の段階からすべてに関わり、現在も食品の配達や清掃を検査しているという。「なかには過剰投資だと言って私のことをバカにする人もいる。でもそうするだけの価値があったというのは明白だ」。

こうしたKitexの方針は顧客との信頼関係につながっている。「39年間この業界で色々な会社を見てきたが、子ども服事業においてKitexの工場は清潔さと効率性で世界一だ」というのは、毎年Kitexの工場を訪問しているというGerber Childrenswear のゲイリー・シモンズCEOだ。Kitexは米国企業を最大顧客としている。

長年にわたってインド共産党の地盤となっていたケララにおいて、ストライキは日常茶飯事だった。それにも関わらず、Kitex がこれまで一度もストライキにあっていない理由について、ジェーコブは単純明快な理由を挙げた。「ケララのビジネスマンは何か悪いことがあると寺院や占星師を訪ねる傾向がある。でも真の解決方法は従業員を第一に考えることだ」。ジェーコブ氏は従業員1人あたりにつき、初期投資費用として800ドル、1年間の予備費として100ドルを見込む。その投資は、生産性20%アップと優秀な人材確保という見返りとして返ってくる。

ジェーコブ氏は、Anna-Kitexグループの創始者である亡き父親からそうした経営哲学を学びとったという。大学で学んだことのなかった父は、スクラップ収集から始め、アルミ製の家庭用品、スパイス、食品、衣料へと事業を広げていった。サブ・ジェーコブ氏は13歳のときに創業家の一員の仲間入りを果たした。最初の仕事は従業員のトイレ掃除だったが、数年後にはアルミ工場の床掃除担当に「出世」した。

大学で経済を専攻するかたわら、ジェーコブ氏は織物に必要なユニットの構築を手伝った。仕事の下流から上流を見上げる経験があったからこそ、現実的かつ勘の鋭い経営力を培うことができたと考えている。「今日でさえ、賃上げをするときは清掃員が最優先だ」という。従業員が快適に働けることが何よりも大切だというのも彼の信条だ。例えば、従業員の目への負担を和らげるために、ミシンにLEDライトを装備した。M.B.A.の効用について訊ねたところ、ジェーコブ氏にとって、M.B.A.は非現実的で実用性がなく、彼のビジネスには何の役にも立たないと突っぱねた。

ジェーコブ氏は父から15エーカーの土地を譲り受け、土地を担保に銀行から300,000ドル(3,660万円)融資を受け、それをIPO(新規公開株)で425,000ドル(5,185万円)まで増やした。その後1995年に自社工場を建設するまでに、インドにおける衣類製造のハブであるチェンナイ(マドラスチェックという綿織物が有名)や、チルプール(ニットが人気)やバンガロール(編み物やシルクの名産地)などの特産地について学んだ。

工場を開いて最初の5年は苦労の連続だった。コチはフライトの接続が不便で、地理的にもバイヤーに足を運んでもらうのは難しかった。ジェーコブ氏は輸出注文については代理店に任せ、高いコミッションを支払っていた。Kitex Garments は負債を抱え一時期は従業員の給与も滞った。銀行は融資の引き上げをちらつかせてきたため、ジェーコブ氏は個人資産を担保に入れるしかなかった。そんな厳しい状況のなか、2000年にGerber から5,000ドルのベビー用衣料の注文を受けたのが、最初の大きな転機となった。

ジェーコブ氏はそのとき、Kitexにとって良い風向きになってきていると実感した。「不況でも親は子どもに衣料品を買うんだ」。大人向けの衣料品に対する注文を断り、生産と販売を乳幼児を対象にした衣料品に特化した。子ども用衣料は高い安全基準を満たす必要があるため、ライバルが少ないことも分かった。2006年には、1,200万ドル(14億6,000万円相当)を投じ、品質コントロールを強化するために設備投資した。「Kitexの衣料品はどの国の安全基準も間違いなく合格できる」と自信をみせる。

過去10年間におこなった設備投資はどれも絶妙のタイミングで功を奏した。バイヤーが年々法令基準の順守を重視する傾向を強める中、Kitexへの注文は軒並み増えていった。コチへのフライト接続は改善され、中東や東南アジア諸国への直行便が就航したのもKitexにとって有利にはたらいた。ジェーコブ氏は「簡単に作ることができる商品」の生産には興味がなく、「意外性があってハードルが高い」商品を作っていきたいという。

ジョッキー・インターナショナル社のマリオン・スミス副社長は、初めてKitexの工場を訪れた時の衝撃をこう語る。「我々にとって、取引相手が従業員をどのように扱っているかは非常に重要だ。サブ(ジェーコブ氏)は従業員の福利厚生に並々ならぬ時間とお金をかけている。」そしてこう続けた。「特殊な下着の生産を打診したとき、あれはまさにMission Impossible だと考えていたのだが、サブは見事にやってのけた。サブは、何が何でもやり遂げてくれるんだ」。

成功には常にハードルが付きまとう。工場があるケララはブルーカラーの働き手不足に直面している。Kitexは他の州にある遠方の村からも従業員を採用している。今では、従業員の半分以上(そのうち3分の2が女性)がケララ以外の出身者であり、その割合は増え続ける見込みだという。

さらに、2012年にKitexは公害問題で訴えを起こされた。ジェーコブは、地元におけるそれらの告訴の背景には政治的意図があり、上級裁判所の判決はKitexの主張を認めるものだったと振り返った。Kitexはインドの基準だけでなく、国際的な基準も満たしているという姿勢は変わらない。

Kitexは最近ニュージャージー州に米国オフィスをオープンし、今後は米国に本拠地を置くLamazeにプライベートレーベルのオーガニックの乳幼児用衣料品を供給する予定だ。さらに、Little Star というブランド名で独自の乳幼児用衣料事業を始める計画もある。

P&Gと同様の事業分野で、米国での紙おむつ事業参入にも興味を示している。ジェーコブ氏は10%から15%のコストアドバンテージを実現できると見込んでいる。

TWENTY20 マーケット

毎晩仕事が終わると、サブ・ジェーコブは兄のボビーとTwenty20 Kizhakkambalam が主催するナイトマーケットへ出かける。Twenty20はKitexグループのチャリティ団体だ。住民は果物や野菜などを低価格で買うことができる。ジェーコブの兄弟たちは2020年までに地元をモデル地域にする目標を掲げ、活動の一環としてナイトマーケットを支えているという。「亡くなった父は、我々のビジネスが発展するのと同じように、故郷も発展させたいと願っていた」とボビー氏は話す。

2013年に設立されたこのチャリティは、過去2年間で500万ドル(6億1,000万円)を費やし、地域に暮らす約8,000世帯の生活水準改善へ取り組んできた。そのほとんどはKitexと直接の雇用関係がないが、Kitexは住居やトイレを建て、飲用水や医療サービスを提供している。ジェーコブは、これらの努力も地元政府の反対に直面したという。対抗するため、兄たちはTwenty20のメンバーを地元の選挙に擁立した。結果19議席中17議席を勝ち取り、議会を一掃した。ジェーコブ一家の躍進は続きそうだ。

編集 = Forbes JAPAN 編集部

 

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