研究チームは30人の被験者に、頭の中に残っている曲(正式には「不随意音楽表象」と呼ばれる)に合わせて歌ってもらい、それを録音した。これはひどい音程になるのではないかと思われたが、意外とうまく歌えていた。実に、録音の70%近くが正しい音程から半音以内の誤差に収まっており、40%以上はまったく音程が外れていなかったのだ。
この結果について、実験を主導した認知心理学を専門とするマット・エバンス博士候補は「驚くほど多くの人々が自分では気づいていない、自然な『絶対音感』を持っていることを示している」と説明した。ところが、多くの人は自分がそれほど上手に歌えるとは思っていない。エバンス博士候補は次のように続ける。「被験者は恐らくメロディーが正しいという確信はかなりあっただろうが、正しい音程で歌っているという自信はあまりなかっただろう。結局のところ、非常に強い音程記憶力を持つ人の多くは、自身の正確さを適切に判断できていない可能性がある。それは真の絶対音感を備えたラベリング能力がないからかもしれない」
エバンス博士候補が言う「ラベリング能力」とは、ある音を聞いた時にその音を言い当てることができる技能だ。これができる音楽家には、20世紀に活躍した米国のジャズシンガー、エラ・フィッツジェラルドや(恐らく聴力を失う前の)ドイツの作曲家ベートーベンなどがいる。だが、すべての音楽家がこの能力を持っているわけではない。多くの人は絶対音感を持たない代わりに「相対音感」を持っている。つまり、曲がどの音から始まっているのか分からなくても、音と音の間の「距離」を正しく聞き取ることができるのだ。