コロンビア大学の研究チームが2024年4月に発表した論文によれば、この遺伝子はリスクを70%低下させる可能性があるという。アルツハイマー病をテーマにしたこのシリーズでは、これまで治療ターゲットの候補として血液脳関門に注目してきた。この記事では、アルツハイマー病発症を遅らせる上で、その替わりになるアプローチを探る。すなわち、私たちの遺伝子である。
アルツハイマー病の直接の原因となるただ1つの遺伝子は存在しない。ただし、発症した兄弟姉妹や親がいる人では、発症のリスクが高くなる。このことから、遺伝的な要因が働いていることがうかがえる。
これまで多数の研究により、「アポリポタンパク質E」を司るAOPE(アポイー)遺伝子におけるバリアントが、アルツハイマー病の主要な遺伝的リスク要因であることが示唆されている。
この遺伝子は、血流中におけるコレステロールなどの脂質の動きを円滑にする役割を果たしており、心血管疾患のリスクに関係しているのは明らかだが、それに加えて、この遺伝子の一部のバリアントは、アルツハイマー病の主要な特徴である脳内のアミロイド斑(プラーク)の増加とも関連していることがわかっている。この事実は、心臓と脳の健康を結びつける数多くのエビデンスをさらに補強する。
研究者らの推定によれば、アルツハイマー病と診断された人の65%は、この疾患に関連するバリアントを有しているという。とりわけ、ヒスパニック系以外の白人の集団では、後期発症型アルツハイマー病と、この遺伝子のAPOEε4アレル(対立遺伝子)との強い相関が見られる。
このアレルの保有者は、65歳以上になると、認知能力が低下しやすく、認知症になりやすい。ただし、リスクが最も高いのは、このアレルを2コピー持つ人。つまり、両親からそれぞれ1つずつを受け継いだ人だ。
だが、アルツハイマー病を発症する年齢と症状の重さは、保有者によって大きく異なる。それどころか、疾患に関連するAPOEε4アレルを持っていても、まったく発症しないように見える人もいる。
遺伝的素因が、ライフスタイルや環境要因の影響を受けることは確かだが、別の遺伝子がAPOEε4アレルの影響を相殺し、そのおかげで認知能力が低下しにくくなっている可能性もあると研究者らは推測している。そして、先述したコロンビア大学の研究では、脳を神経変性から守る遺伝子が特定された可能性がある。
研究チームはまず、700を超える家族における3500人超の遺伝子を比較した。数滴の血液を全ゲノム解析したことにより、それぞれの人の完全な遺伝暗号が得られた。研究対象となった集団は、疾患に関連するAPOEε4アレルを2コピー持つことがわかっている人と、1コピーしか持たない人で構成されている。
70歳を超えても認知症の症状が出ていない人については、アルツハイマー病への耐性があるものと見なした。そうした研究参加者の中から、アルツハイマー病の発症がなく、APOEε4アレルを2コピー保有する人の少なくとも1%に、476遺伝子の510バリアントを発見した。