プロフィタブル・グロースという道
当時はスイングバイIPO宣言を受けて海外投資を拡大し、チームの人数を一気に2倍ほどに増やしたタイミングだったが、玉川はここでいったん、アクセルを緩める決断をした。BtoCのアプリケーションなら、赤字を前提とした大型投資により短期間で一気にマーケットシェアを取るのも有力な選択肢だが、ソラコムはBtoBのインフラを提供するビジネスだ。成長速度を緩めずに経営の安定も図る「プロフィタブル・グロース」こそが自社の歩む道だと定め、社内でもコンセンサスを形成した。「広告を大量に打ったからといって急に伸びるビジネスじゃない。いいプロダクトをつくり、いい導入事例をしっかりつくって顧客に喜んでもらう。それを繰り返してようやく持続的に伸びるビジネスになっていくわけです」と玉川は言う。
「我々が提供しているのはIoTを支えるインフラですから、ちょっとでも止まると顧客のビジネスが大変な影響を受ける。そんな会社が赤字を出しながらやっていくのは健全じゃないし、信頼を得られないと改めて気づいたんです」
上場申請取り下げ後の雌伏の1年は、事業成長に集中して地力を高めるとともに、こうした姿勢を親会社のKDDIや6社の資本提携パートナーとも共有し、つながりをより緊密にすることに力を注いだ。特定の投資家に株式を売る「親引け」や海外投資家から調達する「グローバルオファリング」でIPO後の支援を約束してくれた新たな協力者も出てきた。その1社である自動車メーカーのスズキとは、コネクテッドカー市場で協業も進める。玉川には「苦しんで、でも諦めずに逃げなかったことで味方がいっぱい増えた」実感がある。
いったん投資のアクセルを緩めたとはいえ、すでに海外売上比率は3分の1を超えている。世界で売ることを前提に、開発・稼働環境も含めてグローバルスタンダードに沿ったプロダクトをつくりつつ、米国と英国に拠点を設け、時間と労力をかけてセールスやマーケティングの地域最適化とチームづくりを進めてきた成果だ。
ここからは投資を再度加速させる。チームを拡充するとともに、生成AIなどの新しい技術を貪欲に取り入れ、既存サービスとのシナジーが期待できる新しいプロダクトを随時投入しながら成長を図る方針だ。
「サブスクリプションサービスの収益と、それに合わせて活用されるデバイスやSIMなどの販売収益が複利の魔法を実現しつつあります。例えば毎年30%の成長を続ければ、9年後には1000億円規模の売り上げになる。ITでグローバル・プラットフォームを日本からつくるという、今までどの企業もできなかったことをソラコムはやろうとしている。モチベーションは今まで以上に高まっていますし、社会的な使命の大きさも自覚しています」
たまがわ・けん◎日本IBM基礎研究所にてウェアラブルコンピュータの研究開発や開発プラットフォームのコンサルティング、技術営業を経て、2010年にアマゾンデータサービスジャパンに入社。AWSの日本市場の立ち上げを技術統括としてけん引した後、14年11月にソラコムを共同創業。