食&酒

2024.05.28 11:00

10年以上「カイゼン」を繰り返して。元アップル重役がワイン造りに注ぐ情熱

ワイナリーには、ブドウ畑をもって栽培から行うところと、ブドウを農家から購入して醸造に専念するところがある。自社畑をもつのは負担も大きく、ソーレンが選んだのは後者。畑は、カリフォルニアの中でも上品な味わいのワインができる、冷涼な土地4カ所を選んだ。
カリフォルニア全土から冷涼な産地4カ所を厳選。最北の「ユウキ・ヴィンヤード」は、著名な日本人生産者フリーマン・アキコが所有する畑で、信頼関係 から取引が実現した。縦に長いカリフォルニアにおいて、南北産地の間は車で5時間以上かかるほど距離があり、ワインには異なる土地の個性が反映される。


カリフォルニア全土から冷涼な産地4カ所を厳選。最北の「ユウキ・ヴィンヤード」は、著名な日本人生産者フリーマン・アキコが所有する畑で、信頼関係 から取引が実現した。縦に長いカリフォルニアにおいて、南北産地の間は車で5時間以上かかるほど距離があり、ワインには異なる土地の個性が反映される。

「カリフォルニアのワインは力強いものが多いですが、我々が理想とするのはアルコール度数を抑えた繊細なワイン。実は鯖やイワシの刺身など青背の魚とも、意外なほど相性がいい。シャンパーニュからではなく、食事の最初からピノ・ノワールという選択も楽しんでみてほしい」という。2019年、ついに本格的な生産をスタートすると、2022年10月にアップルを退社し、2023年4月に「ザンダー・ソーレン・ワインズ」を立ち上げた。

何十億の人より、目の前の人

アプリとワイン。つくるものは変わっても、品質に妥協しないこと、顧客第一主義のものづくりなど、根底に流れる「アップルの精神」は変わらない。生産量を絞って手間を惜しまず、今も、プロフェッショナルに試飲してもらい「カイゼン」を続ける。一方で、大きな違いもあるという。「ガレージバンドは、何十億という人がユーザーでした。例えば、ビリー・アイリッシュが最初に作った曲はガレージバンドを使っていたなど、音楽史を変えたアプリでもある。

ただ、大きな組織で生み出したもので、それを楽しんでいる人の姿は見えにくかった。それがワイン造りでは、卸先のレストランや友人との食事で、目の前で人が笑顔になるのを見られる」。頻繁に日本を訪れ、尊敬するシェフたちに自分のワインを「おいしい」と言ってもらえることが、何十億という人に届くアプリをつくるよりもうれしいのだという。
 
また、PDCAの速いアプリと比べて、ワインは結果を得るまでに長い時間を必要とする。「手にとるときに飲みごろであってほしいので、少なくとも4年寝かせます。その間、ワインがどう変化するのかわからない。今53歳。緩やかな時間の流れのなか、大好きな日本を旅しながら働くことができています」と微笑む。ソーレンにとってワイン造りは、「理想の生き方」と共鳴する選択でもあったのだろう。

【特集】WINE for the future|変わりゆくワインの世界

日常を豊かにしてくれるワインも、ビジネスのひとつだ。そこにも課題や改革があり、チェンジメーカーがいる。サステナビリティ、事業承継、業界改革、キャリア……他のビジネスにも通じる哲学やヒントが隠れている。Forbes JAPAN7月号(5月24日発売)では、華やかなシャンパーニュ、開拓精神の宿るカリフォルニア、そして近年急速に浸透する"ナチュール"の今を追った。


ザンダー・ソーレン◎1970年、アメリカ・シカゴ生まれ。2001年にアップル入社、2012年から社業の傍ら「日本料理に合うピノ・ノワール」をつくり始める。2022年、本格的なワイン造りのためにアップルを退社。2023年、自らの名を冠した「ザンダー・ソーレン・ワインズ」を世界に先駆けて日本で先行販売。

文=仲山今日子

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年7月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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