「業界最大の映画製作者や、最も影響力のある映画スターの中には、最高の映画スタジオのために仕事をしていると思いながら眠りにつき、翌朝目が覚めると突然、最悪のストリーミングサービスのために働いていることに気づく人たちがいる」
「彼らは自分たちが何を失っているのか、理解さえできていない」
──明らかになったのは、最も重大な「損失」は、ノーランだということだった。
2021年9月、次回作を製作会社に売り込むため、ハリウッド・ヒルズにある自身のオフィスにパラマウント、ソニー、ユニバーサル、アップルの幹部たちを呼び出したノーランは、『オッペンハイマー』の脚本を披露した(ノーランは、常に脚本をオフラインにしておくことで知られる)。
評判の高いノーランのプロジェクトに関わることを望むスタジオは、1社ではなかった。ノーランは契約にあたり、スタジオ側にいくつかの前提条件を提示することができた。
その条件には、予算は制作費を1億ドル(ノーランの作品としては、比較的控えめ)、広告費を1億ドルとし、クリエイティブに関してはノーランに一任すること、劇場公開から2次使用の開始までの期間を延長し、ブラックアウト期間を設けてスタジオは公開前後の一定期間、作品について何も公表しないこと、興行収入の20%をノーランの報酬とする(バックエンド契約を結ぶ)ことが含まれた。
バックエンド契約は、ハリウッドにおける力を示す究極の指標だ。俳優にとっては、『ミッション:インポッシブル』シリーズの最新作で12.5%を取りつけたとみられるトム・クルーズなど、ごく一部の年配の俳優たち以外、ほとんど誰にも適用されないものだった。
1人でいくつもの役割をこなせる映画製作者でも、確実に利益をあげると信頼されているスティーブン・スピルバーグやジェームズ・キャメロン、ピーター・ジャクソンなど、トップレベルのわずかな人たちにしか認められていなかった。
ノーランのピッチの結果、最終的に条件をのみ、契約することになったのは、ユニバーサル・ピクチャーズだった。ドナ・ラングレー会長がノーランの示した条件に同意したことで、『オッペンハイマー』は制作が開始された。
フォーブスはこのとき、消息筋の話として「ノーランがユニバーサルと結んだ契約では、当初求めていた利益の20%ではなく15%とみられる」と伝えた。
「だが、これはノーランの妻で20年以上の制作パートナー、エマ・トーマスが参加することになったため(同意した割合)かもしれない」
バックエンド契約は、製作の開始前に報酬の一部が支払われ、完成・公開成後、劇場での公開初日からの興行収入のうち、一定の割合を監督や出演者に支払うというものだ。
ただ、予算内で制作するため、ノーランは監督・脚本・制作に対して自身が受け取る報酬を減らした。ユニバーサルとの間で結ぶ契約はノーランにとって、自分自身に対する究極の賭けだった。