それは、予期せぬ継承だった。2018年、東京で働く岡本拓也のもとに、愛知県で千年建設という建設会社を営む父の急逝の知らせが届いた。葬式で待っていたのは、父を支えた社員たち。「社長になってもらえませんか」との懇願に、岡本は困惑した。
岡本は東京で、大学時代に思い描いた仕事に没頭していた。ビジネスの本質を生かした、ソーシャルセクターでの課題解決である。大学休学中に訪れたバングラデシュで出合ったグラミン銀行。金融で、貧困問題を解決するマイクロファイナンスの衝撃から、卒業後は公認会計士を取得しPwCへ入社。20代、企業再生の業務で腕を磨き、30代はいざソーシャルセクターへ。教育NPOカタリバで常務理事・事務局長、非営利組織への中間支援団体で代表を務めた。
「ずっとやりたかった仕事。この業界でずっと働くと思っていた」。しかし、目の前では、父の右腕だった人物が、家業の危機に涙を流している。「社会のために、と言ってきた自分が、父を支えてきた人たちに何もしないのか」。一度断ったところから一転、家業に飛び込んだ。
「社長の仕事は、接待とゴルフです」。求められる役割は一変したが、郷に入れば郷に従え。建設会社の社長業を一から学んだ、2年間責務を果たし続けた。「立場上、自分しかできない。だが、やり続けるべき仕事か」。
葛藤のなか、コロナ禍が訪れた。浮き彫りになる社会の歪み。母子家庭の窮状に、心が動いた。DVや離婚で住まいを一度失うと、住所主義の行政から生活保護は受けられず、保育園も使えない。子どもの預け先がなければ、仕事も見つけられず、家が借りられない。この母子家庭の負のスパイラルを解く、建設会社だからできる事業を始めたいと、会社で告げた。家業への真摯な向き合いを知る従業員に、反対する者はいなかった。「やりたいことを、やってください」と背中を押された。
くらし(Live)、豊かさ(Quality)、公平さ(Equality)──事業は、届けたい価値から「LivEQuality」と名付けた。対象は住宅確保が困難なシングルマザーだが、慈善事業でも、貧困ビジネスでもなく、経済性と社会性の高度な両立を追求する。
都市の好立地のビルを買い、住み心地よくリフォーム。テナントや一般入居者が求める物件に仕立てる。ビル全体の収益性を担保することで、一部を相場以下で貸す。就業機会にアクセスしやすく、清潔で便利な個室に入居したシングルマザーに、認定NPO法人LivEQuality HUBで伴走。半数は外国籍の中、児童手当の申請から地域とのつながりの構築まで、幅広く支援する。
鍵となるのは、家賃が無料でなく、シングルマザー自身が負担する点。施しではなく、支えられながらも自分の足で立っている。その事実が保つ尊厳は、新しい人生をつかむ活力源だ。9割の母親は、入居半年以内で就業を始める。人から搾り取る貧困ビジネスの対極、人を輝かせる事業だ。
こうした住宅事業は海外では「アフォーダブルハウジング」と呼ばれ、税制優遇制度もあり、すでに市場が存在する。社会・環境問題の解決を目的とするインパクト投資の対象でもある。岡本は日本におけるこの新市場の開拓者だ。新設した大家事業専門の株式会社では、インパクトボンド(私募社債)や銀行融資などを活用し、総額3.2億円の資金を調達。自社で完結せず、市場を創り、制度変革による社会のインフラ化まで目指す。