一方、地元ベルギーのテレビ局がトップで報じたのは「農業危機」である。南米4カ国の関税同盟であるメルコスール(南米南部共同市場)とEU間の自由貿易協定(FTA)の話し合いの一時停止などを求める農業従事者が約1300台のトラクターでイタリアなどから集結。ブリュッセル中心部を占拠した。
首脳会議が行われた建物のあるリュクサンブール広場では、デモ参加者と警察の衝突が発生した。「農民なくして農業なし!」とデモ参加者が花火や卵を警察に投げつけ、警察は催涙ガスなどで応戦するなどの騒ぎに発展した。
ベルギーの鉄鋼業の祖とされるジョン・コケリルに敬意を表して1872年、広場の中心に建てられた記念碑の一部もデモ隊の手で破壊されてしまった。
農家の反乱はオランダから始まった
欧州各地でトラクターが幹線道路などを封鎖する光景はいまや、珍しくなくなった感がある。そもそも、なぜ「農業危機」が深刻化したのか。きっかけになったのは、2019年にEUが発表した「欧州グリーンディール」とされる。2050年までに温室効果ガスの実質排出ゼロを目指すもので、そのために必要な取り組みとして農薬や肥料の使用量の大幅な削減などを盛り込んだ。
独立行政法人の農畜産業振興機構によれば、欧州の農用地面積は日本の約38倍。つまり、環境問題への対応を求められる背景には、農業の気候変動におよぼす影響の大きさがある。
だが、農家はこれに強く反発。「農薬などの使用量を大幅に減らせば雑草や病害虫が増え、一定面積当たりの収穫量(単収)が落ち込む」という主張だ。
「農家の反乱」の発端は2022年6月にさかのぼる。米国に次ぐ世界第2位の農産品輸出国であるオランダで、2030年までに窒素の放出量を半減するという野心的な計画を政府がぶち上げた。
これが十分な支援を受けていないとの不満を抱えていた畜産農家の怒りに火をつけた。目標の達成には肥料や家畜の糞尿の窒素放出を抑制するために、家畜そのものを減らす必要があるからだ。
オランダの農民のデモは徐々にエスカレート。トラクターがスーパーマーケットの配送センターを封鎖し、品不足に陥るなどの事態が生じた。トラクターに向けて警察が発砲するなどの緊張が続き、複数の自治体が非常事態を宣言した。
「短期的に見て(達成へ向けた)ハードルは非常に高く、家畜の数は3分の1になってしまう可能性がある」
フランスの新聞「ル・フィガロ」の当時の取材に、農業戦略が専門のアレッサンドラ・キルシュ博士はそう答えた。こうした不安が一部の農民を過激な行動へと駆り立てたのは想像に難くない。