同イベントは、業界全体におけるAI導入の進展の節目となるもので、特にワークフォース・アプリケーションへの生成AIの統合に焦点が当てられました。Salesforceの創設者兼CEOのMarc Benioff氏はイベントの中で、AIはデータやCRMソフトウェアとの相乗効果によって業界に革命をもたらすことができることを強調しました。
本レポートでは、小売業におけるAIと生成AIの役割の進化に対するSalesforceの最新の開発をはじめ、同イベントから得られた主なインサイトを紹介します。
AI革命:マルチステージへの道のり
AIの導入は過去10年間に、主に金融、小売、ヘルスケアなどの分野での予測AIアプリケーションの牽引により、着実に広がっています。Benioff氏はイベントの冒頭の挨拶で、データ、AI、CRM、信頼の融合が、AIの次の時代である生成AIの原動力であることを強調しました。また、テクノロジーの現状がかつてないほど速く動いていることについても強調し、エンタープライズAIの革命を以下4つの波に分類しました。
・予測型
・生成(現在はこの段階にあります)
・自律型とエージェント
・人工知能
強力なグラフィック・プロセッシング・ユニット(GPU)と高度なAIモデルによって牽引される生成AIの時代は、AIシステムが自律的に人間のようなコンテンツを作成することを可能にし、問題解決とコンテンツ生成に革命をもたらし、大きな飛躍を遂げると思われます。
AI統合の次のフロンティア:Einstein 1プラットフォーム
生成AIの有望性にもかかわらず、多くの企業はその応用に適したツールを見つけるのに苦戦しています。そのため、AmazonやSalesforceなどのテクノロジー企業は、自社の製品スイートに生成AI機能を統合することで、この問題に取り組んでいます。SalesforceはDreamforceで、Einstein 1プラットフォームを発表しました。このプラットフォームは、Data CloudのデータをリアルタイムでCRMアプリ(Sales、Service、Marketing、Commerceなど)に接続し、Trust Layer(本レポートの次のセクションで詳述します)を通じてEinstein AIエンジンに接続します。同社によると、Einstein 1は、データのセキュリティとプライバシーを優先しながら、統合、自動化、ローコード開発を促進します。また、同社の自動化プラットフォームであるFlowで自動化され、あらゆるシステムでオーケストレーションが可能です。同社によると、Flowは月間1兆2000億のタスクを自動化しています。
Benioff氏は、Einstein 1のようなプラットフォームは、業務最適化に特化した独自の新しいAIアプリケーションを構築するのに役立てることができることを説明しました。
出典:Salesforce
データ・プライバシーの強化:Einstein Trust Layer
Benioff氏が指摘するように、AIの安全性と利用に対する消費者の信頼の欠如を意味する“AIトラストギャップ”など、AIをビジネスプロセスに統合する際にぶつかる課題は数多くあります。今日の生成AIは、データ・アイランド(孤立したデータ)、データ・プライバシーの懸念、幻覚(AIが生成した偽の情報)、バイアス、有害性(害のあるコンテンツ)などの問題を抱えています。2023年8月にCoresight Researchが実施した調査によると、米国の消費者の半数以上が、生成AI技術が悪用される可能性について懸念を示しており、5人に2人以上が個人のプライバシー侵害を懸念しています(図1参照)。データがひとつの貨幣としてみなされるテクノロジーの新時代において、ユーザーは自分のデータが同意なしに目的外に使用されないことを望んでいるのです。
図1. 米国の消費者が生成AI技術の利用について抱いている懸念(回答者の割合)
(図内の訳、選択肢上から、「労働市場や雇用への影響」「有害または悪意のある目的のために悪用される可能性」「生成されたコンテンツの出所における透明性の欠如」「プライバシーの侵害」「意思決定プロセスにおける倫理的意味合い」「著作権および知的財産権の侵害」「生成されたコンテンツの偏り」「上記以外」)
対象:18歳以上の米国消費者400人(2023年8月14日調査)
出典:Coresight Research
テクノロジー企業は、データ・プライバシーに関するユーザーの懸念に対処し、AIの責任ある利用を確保するために、AIツールの差別化の鍵となるユーザーデータの保護を強調する必要があるでしょう。SalesforceのEinstein Trust Layer(Einstein 1に統合)には、データのマスキング、有害性の検出、監査証跡の提供といった機能が組み込まれています。下の画像は、顧客データの保持をゼロにするためのデータのマスキングなど、Einstein Trust Layerの機能を示したものです。
Einstein Trust Layer
出典:Salesforce
メタデータが鍵
データはAIが自律的に学習し、予測し、コンテンツを生成する能力に影響を与え、AIが動作する上での基盤となるものです。そのため、企業はデータを注意深く管理し、AIの取り組みと整合させる必要があります。メタデータ(データに関する補足情報を含むデータ)の追加は、Einstein 1の新機能の中でも重要なもので、プラットフォーム全体に表示され、自動的に更新されます。そして、企業がデータの可能性を最大限に活用できるようにすることで、データ整理を改善するだけでなく、AIがより正確な商品の推奨を提供し、インタラクションをパーソナライズし、ユーザー満足度を向上させることができます。
統合メタデータフレームワークには、データモデリングと検証ルール、レコードタイプとページレイアウト、共有ルール、権限とプロファイル、コード、フロー、レポートとダッシュボードなどが含まれます。
ビジネスの生産性を再定義する:Einstein 1 CopilotとSlack AI
広範な生成AIモデルは企業にチャンスをもたらしますが、カスタマイズされたアプリケーションは最も大きな価値を提供することができます。Salesforceは生産性向上の必要性を認識し、DreamforceでEinstein 1 Copilotを発表しました。このソリューションには、CRMアプリケーションや顧客とのやり取り全体のタスクを効率化することができる、以下3つの主要コンポーネントがあり、企業がビジネスニーズに合わせてAIアプリケーションをカスタマイズし、開発することを支援します。・Prompt Builderにより、管理者はプロンプトのテンプレートを作成できる。
・Skills Builderにより、管理者は”スキル”をSalesforce Flowに埋め込むことができる。
・Model Builderは、顧客が独自のAIモデルを柔軟に選択できるようにする。
Salesforce Data Cloudを基盤とするCopilotは、デジタル店頭の作成、コード作成、データ可視化、営業ガイダンスなど、さまざまな機能に対して、タスクに特化した正確なレコメンデーションとコンテンツを提供することを目的としています。
Einstein Copilotは、自然言語プロンプトによって駆動し、主に以下6つの領域にわたる多様なタスクの処理を支援することができます:
・セールス:リサーチ、ミーティング準備、アカウントアップデート、センチメント分析、ビデオ通話インサイト、Eメール作成、契約条項作成
・サービス:パーソナライズされた顧客対応、サポートケースのサマリー、作業指示管理
・マーケティング:Eメールコピー作成、キャンペーンセグメンテーション、ウェブサイトランディングページ、コンタクトフォーム、アンケート調査
・コマース:デジタルストアフロント支援、カタログデータ管理、言語別製品コンテンツ、プロモーション、SEOメタデータ
・開発者:Apexコード生成、コード提案、脆弱性スキャン
・タブロー:実用的な洞察、データ探索、視覚化、自動化、データキュレーション
Einstein Copilot Studioは、企業がAIアプリケーションとモデルを所有することを可能にします。そうすることで、企業はAIを自社の特定のニーズに合わせて調整し、自社の価値観に合致させ、偏りを緩和し、有害性を回避することができます。また、こうしたアプローチにより、AIが業務や顧客関係に与える影響をよりコントロールできるようになります。
SlackのCEOであるLidiane Jones氏はDreamforceで、生産性とコラボレーションの向上を目的としたSlackの包括的な一連のアップグレードについての紹介を行いました。これらの機能強化には、Slack AIの統合、チャンネル・リキャップやスレッド・サマリーなどの機能、AIによる検索回答、ワークフロー・ビルダーやカスタム・アプリ開発機能を含む自動化ツール一式が含まれ、組織がワークフローを合理化し、より多くの情報に基づいた意思決定を行い、日常業務の効率化を推進できる支援を行います。
データ主導のビジネス変革:タブローと統合されたAI
データから貴重な洞察を迅速に抽出する能力は、情報に基づいた意思決定が関連情報への迅速なアクセスを左右する、今日のめまぐるしいビジネス環境において最も重要です。しかし、データの可能性を十分に活用するためには、高いデータリテラシーやコーディング能力の必要性など、従来のデータスキルの壁を取り払い、組織全体の個人がデータ分析の力を効果的に活用できるようにすることが極めて重要です。Salesforceは、データサイエンティストでなくても、AIとデータアナリティクスの進化する環境で個人をサポートすることを目的としたTableauの一連のイノベーションについても発表しました:
・Tableau Pulse:この機能は、データとアナリティクスの専門知識を一般化し、ユーザーにパーソナライズされたインサイトを提供します。Tableauによって実行されるこの機能は、データとの自然言語による対話を可能にし、メトリクスとKPIをユーザーの好みに合わせて動的に適応させます。
・Einstein Copilot for Tableau:この会話型AIアシスタントは、データのキュレーションの簡素化、計算とメタデータの記述の自動化、ダッシュボードのベストプラクティスの遵守、プロンプトまたは平易な言語によるクエリによるデータ分析の迅速化によって、データ探索と自動化を向上させます。
・Intelligent CRM Analytics Apps:これらは、営業、サービス、マーケティング、コマース、およびSalesforce Industry Cloudsにまたがる、目的別に構築された予測的、処方的、生成的なAIアプリケーションで、インサイトを簡素化し、レコメンデーションを強化し、使用事例やベストプラクティスを促進します。強化されたレベニューインテリジェンスは、営業チーム、ラインマネージャー、経営幹部など、より幅広いユーザー層に対応します。また、サービス・インテリジェンス・アプリケーションは、コンタクトセンターのエージェント、スーパーバイザー、リーダー向けに、業務上のインサイトとパフォーマンス測定を提供します。さらに、Einstein Conversation Miningが組み込まれており、通話中の会話を評価し、上位のトピックとコンタクト理由を特定します。
・Unified Analytics:Salesforceは、TableauをUnified Analytics ホームに統合することで、よりユーザーに近づけることができるようになりました。この統合により、ユーザーはTableauのビジュアライゼーションを組み合わせてLightningページに埋め込むことができ、データ探索を容易にし、データ駆動型の洞察をワークフローに組み込むことができます。
下の画像は、Pulseが生成したインサイトをメールに表示したもので、これらのインサイトは、Slack、Sales、その他のクラウドにも自動的に取り込むことができます。
Tableau Pulse
出典:Salesforce
新しいコマース・プレイブックの作成:Salesforce Commerce Cloud
SalesforceのCommerce Cloudチームは、今日の新しいコマース時代では、顧客体験が1つでも悪いと顧客離れにつながりかねないことを強調しました。そのため、CEOたちは顧客体験を向上させるための最重要施策としてAIを優先しているとしました。下の画像は、企業がコマースのプレイブックを再考する必要があることを示しており、Salesforceによると、データ駆動型のAIがチャネルをまたいでコマース体験をつなぐ必要性を強調しています。出典:Salesforce
Dreamforceで強調されたCommerce Cloudの新機能は以下の通りです:
・オンラインストアの簡単セットアップ
・マーチャントのためのEinstein Copilot
・注文管理を強化するための返品からのデータ収集とインサイトの生成
さらに、Commerce Conciergeの導入により、ストアのセットアップが簡素化され、商品説明や合理化されたサイト作成に生成AIが活用されます。加盟店向けのEinstein Copilotと受注管理向けの返品インサイトは、ビジネスオペレーションを自動化・強化し、専任のデータサイエンスチームの必要性を低減します。さらに、Commerce Intelligenceでは、データの一元化、複合型ストアフロントの提供、生成型ページデザイナーの使用が可能です。
Commerce Cloudのこれらの新機能は、企業がコマースにアプローチする方法の転換点となり、AI主導のインサイトと自動化が小売業界の最前線に立ち、小売業のプレイブックを再定義するパーソナライズされた体験と合理化されたオペレーションを提供する未来を予感させます。
WHAT WE THINK
現在、私たちは、生成AIの出現による新たなAI革命の中にいます。生成AIの時代において、企業は自社のストーリーをよりコントロールしたいと考えるようになり、生成AIシステムが自社にとって重要な特定のタスクを実行するように調整されるよう、データ入力を制御・管理することをより重視するようになると思われます。
Dreamforce 2023は、Salesforceの10年にわたるAIの歩みを土台とし、Einstein 1ブランドの下に生成AIの機能について盛り込まれていました。このことは、クラウドプラットフォームにAIの直観性を導入することで、最終的にユーザーにパワーを与え、生産性を向上させるという重要な進歩を意味します。
Einstein Trust Layerは極めて重要な競争優位性であり、特に小売業や大手の企業がデータをより良く保護し、顧客関係において自信を持ってAIを採用するために必要なチェックとセーフガードを保証します。
※この記事は、2023年10月にリリースされたRxR Innovation Initiativeからの転載です。