教育は常に変化し続ける
戸田市で実践されている教育について聞くと、最初から教育改革がスムーズに進んでいったかのような印象を受ける。しかし、教育長に就任してから約2年は「笛吹けど踊らず」の状態が続いたのだという。戸ヶ﨑は辛抱強く、学校現場に足を運び校長たちと会話を重ね、改革のコンセプトやICT機器活用で授業改善が進むことなどを説いた。潮目が変わったのは、2020年度から年次進行で実施された学習指導要領の改訂であった。新しい学習指導要領には、「社会に開かれた教育課程」という言葉が記されていた。
「この言葉を戸田市では『変化する社会の動きを教室の中に入れる』ととらえて、それに合わせた教育を実施したんです。産官学の連携の必要性は、この言葉でだいぶわかりやすくなりました」
リスクを恐れることこそ最大のリスクだという戸ヶ﨑。「各学校には凡庸で90点が取れる取り組みよりも、60点でいいから夢のある挑戦をしてほしい、と伝えています」。その考えに基づき戸田市教育委員会も、教育委員会としては全国的にも珍しいクラウドファンディングに挑戦した。
戸ヶ﨑の考え方は、教育委員会の教育長というより、スタートアップの経営者のそれに近い。戸ヶ﨑は新卒で教職についた教育畑の人間なのになぜなのか。問うと、「実は、教師になるつもりじゃなかったんですよ」という答えが返ってきた。
「オイルショックのあおりを受けて、企業に就職できなかったんです。本当は企業で働きたかった」
戸ヶ﨑が教師になってすぐの1970年代後半から1980年代前半にかけて、多くの中学校は校内暴力が多発し、社会問題として注目されていた。
「荒れていた生徒たちは勉強に興味がないし、『高校なんて行きたくない』と中卒で就職を選ぶ子も多かった。でもそのまま社会に出ていったら、困るのは子どもたち。どんなスキルを身につけたらこの子たちが社会でたくましく生き抜いていけるのかを真剣に考えました」
どういった会社に就職したら将来性があるのか。どのような力をつけたら社会で活躍できるのか。情報を集め、生徒と一緒に企業を訪問した。当時必死で取り組んだ「進路指導」は、現在の教育改革につながっている。2020年代に小中学校に通う子どもが社会に出ていくときに、必要な力とは何なのか。それは創造性やコミュニケーション能力、情報リテラシー、非認知能力といったものだ。
「子どもが学校を卒業してから出ていくのは、いまの社会ではなく未来の社会です。教育者として未来の社会について知ろうとしないのは不誠実だと思います」
戸田市の教育改革が始まってから8年。「教育改革に終わりはない」と戸ヶ﨑は言う。
「教育は、常に変化し続けるもの。現状維持でいい時なんてない。いま考えているのは、ChatGPTなどの生成系AIが当たり前に使われるようになったら、教育に求められることはどう変わるのかということ。学ばない教育者は子どもにとって迷惑千万。だからこそ自分も、生涯学び続けないといけないと思っています」
戸ヶ﨑勤◎1954年生まれ。中学校の数学教諭、戸田市の小中学校の校長、同市および埼玉県教育委員会指導主事など経て、2015年4月から同市教育委員会教育長に就任。第12期文部科学省中央教育審議会委員をはじめ、多くの委員を務める。