日銀の理論を支え切れなかった悔しさ
植田氏は日銀の審議委員を7年務めた経験がある。実際にゼロ金利政策や量的緩和政策の導入に関わってきたことから、日銀の実務にも精通していると言われている。2006年の寄稿で、人柄がにじみ出ている文章を紹介したい。審議委員の経験から、学者が政策決定に関わる意味について思いを巡らせている。日本の金融政策の「ゼロ金利政策」について、米国の経済学者が「デフレ下では最適な金融政策だ」と理論的に述べたことをありがたく拝聴していたと述べている。
たしかに、ゼロ金利政策やマイナス金利政策は日本独自の金融政策であり、世界には例を見ない政策だ。だからこそ、日本で政策決定を見ている国内の学者がオリジナルの理論を展開するべきではないのか、というのが植田氏が寄稿で主張した意見だ。海外からの輸入学問は必要だが、2006年当時の日本では、独自の政策を国内の学者が支え切れなかった。そのことに対する悔しさが植田氏にはあるのだ。
しかし寄稿の最後には、未来永劫そのような状況ではなく、将来的に「国内の学術×実務」が花開く未来も、また予想している。それから20年以上たち、まさに植田氏が思い描いていた未来を実現するタイミングに来ているのではないだろうか。
政府と日銀の共同声明見直しか
まずは、黒田総裁の金融緩和路線を引き継ぐはずだが、どこかのタイミングで金融政策の修正に手をつけると考えられる。ただ日本の金融政策は、難解に絡まり合っており、ほどくには相当の難しさがある。イールドカーブコントロールもゼロ金利も簡単に動かすことができず、そこに手を加えれば、マーケットは大きく混乱してしまう。もちろん、この先歪みを解消するために長期金利の上限を引き上げるなどの政策を取ることは考えられる。だが、それは個別の政策を一つ一つ元に戻していく気の遠くなる作業だ。
そこで出てくるのが、2013年に政府と日銀が結んだ、2%の物価上昇を目標とするアコード(共同声明)を見直す可能性だ。個別の政策を紐解いていく以外に、日本が向かうべき全体像をあらためて点検する動きだ。
アコードでは「インフレ率2%」の目標以外に「金融政策のリスク点検」「成長戦略」「財政健全化」についても記載されている。しかし「2%」という数字以外は正直なところ、今ではほとんど議論になっていない。日銀は新体制の下で、ここまでの金融政策の点検を行い、企業側の期待成長に寄与する政策が求められる。そして、もし「金融緩和の出口」に向かうならば、最も難しいとされる財政健全化の舵取りまでも必要になってくる。
物価と賃金の引き上げの行方を見つめながらマーケットの声にも耳を傾ける。植田氏には、日本経済の状況を加味して「理論×実務」の意思決定を行うことが期待される。