米国上場企業で「人的資本開示」が加速の動きを強めたのは、2020年8月に米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対して義務付けたのが契機だった。その流れは日本にも押し寄せ、2021年6月に東証のコーポレートガバナンスコードが改定されている。
企業に最適な「組織デザイン」を提供するコーナーと、デジタルマーケティングをリードするSupershipグループ。「人的資本開示」への深い理解を有する両社は、「人的資本開示」によって、企業体質はいかに強化され、事業・組織の成長へとつながると考えているのだろうかーー。
KDDIの資本傘下にあるSupershipグループはデータとテクノロジーに強みを持つスタートアップが集結した企業集団で、デジタルマーケティング業界を牽引している。しかし時代の大きな変化に伴い、デジタルマーケティング事業の主力メニューであった、3rdパーティー情報を使ったソリューション/ターゲティング広告が過渡期を迎え、業界全体が成長の踊り場にあるなかで、突破口を探していた。
「なかでも課題だったのは、柔軟に変化しながら成長できる組織をいかに構築するかという点でした。」
そう語るのは、Supershipホールディングスで人財開発本部 本部長を務める松岡広樹(以下、松岡)だ。
松岡は人事の知見を深めるために参加した2020年のコーナー主催イベント「CORNER DAY」で、コーナー 取締役COO 小林幸嗣(以下、小林)と出会う。親交を深めるなかで信頼感が醸成され、小林の提案でコーナーがSupershipグループの人事・組織課題サポートおよび人的資本経営プロジェクトに参画するようになったのは、自然な流れだった。
その2名の対話により、人的資本にまつわる課題と、解決策のヒントが浮かび上がってきた。
資産が積み上がっていくように、組織をつくっていけないだろうか
──Supershipグループの事業にはどのような課題があったのでしょうか。
松岡 コロナ禍を背景とした時代の大きな変化とともに、それまで主力であった3rdパーティーのデータを使ったソリューション/ターゲティングが個人情報保護の潮流を受けた業界環境の変化により先行き不透明となり、事業に対する健全な危機感を抱いていました。
しかし、そのような状況下にあっても、私たちにはKDDIグループの1stパーティーデータをはじめとした経営資源を活用できる環境にあります。既存事業をうまく回すことが前提ではありますが、1stパーティーデータを活用した事業を開発することで、新たな収益の柱を生み出せる土壌があったのです。
そうした新たなビジネスを創出するために、突破力のある人材が必要だと考えました。しかし短期的売り上げ重視のP/L(損益計算書)をベースとした思考で採用を行っていると、市場の変化が目まぐるしい現況で、常に最適解を探し続けていると、組織も人材も疲弊してしまいます。結果、人材がドロップアウトし、選べるオプションが減っていくという悪循環が生まれます。
そこでP/L(損益計算書)をベースとした思考の対極にある中長期視点の資産を考えるB/S(貸借対照表)思考で、人材という資産を積み上げる組織構造を生み出すことができないかと考えました。
また、事業効率を考えると外部リソースの活用は必須ですが、その峻別は非常に難しいです。どこを外部にお願いするかを考えるために、社内のケイパビリティを知る必要がありました。
人的資本は、データによる判断・意志決定が最も遅れている分野です。ただ、ここを定量化し、可視化することができれば、意志決定の精度は上がるはずという思いだけが、高まっていました。そんなタイミングで、小林様と知己を得たのです。
松岡広樹 Supershipホールディングス 人財開発本部 本部長
小林 当初は、DX人材の中途採用をサポートするためにご一緒しました。そのために毎週打ち合わせを行っていたのですが、そのなかでSupershipグループが抱える課題と、解決のための戦略の方向性を知りました。
例えば不動産業界などプロダクトのユニーク性が高い場合は、人材の出入りが多くてもあまり事業活動に問題は起きません。しかしSupershipグループのように、“どのように事業を生み出していくか”が中心となる業種、もしくはそのフェーズにある企業にとっては、人材は事業成功を左右する重要な因子です。
松岡様はすでにそうした人材を、ヒューマンリソースとは捉えずに、人的資本=ヒューマンキャピタルとして考えていらっしゃった。そして社内のケイパビリティを見える化する取り組みも始められていたのです。
これには驚きました。松岡様の考える人材開発戦略の方向性は、昨今の大きな注目を集めている、「人的資本に関する情報開示のガイドライン(ISO 30414)」をもとにした「人的資本開示」の流れと、見事に符合していたからです。
Supershipが進もうとしていた方向と「人的資本開示」トレンドの符号
──ISO 30414は日本企業にどのような影響を与えているのでしょうか。
小林 「人的資本開示」とは、2018年に国際標準化機構(ISO)が発表した「人的資本に関する情報開示のガイドライン(ISO 30414)」をきっかけとした米国発祥の一大トレンドです。その要点は、従来の人材をリソースとする考えを改め、キャピタルとして機関投資家に資産として開示することで、彼らの判断のよすがとすることでした。
その要因は、リーマンショックをきっかけに、米国企業が右肩上がりで成長し続けることに限界を感じたことが原点にあると思います。SDGsの流れを汲む持続可能な事業展開に関心が集まり、目に見える財務よりも非財務指標、なかでもどのような人的資本をもっているかということに、機関投資家の眼が向くようになったのです。
例えばエンジニアが数多く在籍していることから、企業の技術力が測られます。同様にサービスやプロダクトを生み出す人材が豊富にいれば、成長ポテンシャルとして判断されるのです。
そうした流れは今年、日本にも上陸しました。「人的資本開示」の導入段階としては、大きく以下の4段階に分かれると考えています。
フェーズ① 人的資本開示とは何かを知ること(リサーチ)
フェース② 自分たちにとって、人的資本開示とは何かを捉えること
フェーズ③ 人事データを整備し、分析によって自社の実態を把握した上で、開示を行うこと
フェーズ④ 人事データを経営・事業・人事戦略立案に活用し、具体施策を推進することで、短期の課題解決・中長期の企業価値向上につなげていること
国内企業の大半は、上記のフェーズ①〜②の段階にとどまっています。にもかかわらず機関投資家に公開を強く求められ、とりあえずの形で発表している企業も少なくありません。
こうした「人的資本開示」のプロセスの①〜②段階を、Supershipグループはすでにクリアしていたのです。あえて言うのなら、③〜④段階に入っていると言っても過言ではありません。
小林幸嗣 コーナー 取締役COO
松岡 小林様の話を聞いて、私も再認識しました。その一方で、トレンドと目下の危機意識から起こした行動の一致に、あらためて進んでいた方向は間違っていなかったと腹落ちしました。
人的資本データによる意志決定で、未来に持続可能な企業へ
──最後に将来展望をお聞かせください。
松岡 ここから先は、可視化された人的データをもとにどのような組織変革を志し、どの程度人事的アクションに経営資源を振り分けるかという領域であり、経営陣とのコンセンサスを形成していく段階となります。ただ、もともと我々は、データを利活用することでお客さまに価値を提供する業態ですから、自社の人的資本の可視化・データによる意志決定は事業内容の進化に直結することであり、そのような土壌があることが強みでもあります。
こうした施策によって、Supershipグループは未来へ向けて組織変革を推進していきたいと考えています。
小林 人材の採用、育成ともに簡単なことではありません。しかしSupershipグループの例や、人的資本開示の真の目的を理解することで、人的資本戦略の突破口は必ずや見つかると思っています。
コーナー
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松岡広樹(まつおか・ひろき)◎2010年、関西テレビ放送入社、人事に配属。12年にグリーに転職し、採用、教育研修、評価/報酬、人事制度、海外子会社での人事など様々な領域を経験後、17年にSupershipホールディングス入社。
小林幸嗣(こばやし・こうじ)◎2006年、新卒でインテリジェンス(現・パーソルキャリア)に入社。転職サイト「doda」ダイレクト・ソーシングサービス「doda Recruiters」の立ち上げに関わった後、18年にコーナーに取締役COOとして参画。