その成功のポイントはどこにあるのか。熊本市は2018年にiPadを教育の場で使っている。3年前の2019年に始まったGIGAスクール構想よりも早い。パソコンやタブレット、インターネットを活用した教育手法をICT教育というが、それをいち早く導入、推進してきた。
「今の日本は、不確定で不安定。そうした未来に対応する力、教科を超えた課題解決力が必要になります。子どもでも自転車に乗ると、速く遠くに行けるようになります。テクノロジーはそれに似た道具です。一人ひとりが創造的な学びを行い課題解決をしていくためにICTは活用されるべきだと考えています」と熊本大学大学院教育学研究科特任教授の前田康裕教授はいう。
熊本市教育センターには、教育ICTを推進する「教育情報班」がある。この教育情報班の指導主事の1人、山下若菜さんはiPad導入のモデル校の1つである熊本市立楠小学校の元教諭で、2022年度から教育センターに移動。iPadを使った授業の推進方法をサポートし、学校から要請があれば、授業の現場にも駆けつける。
「ICT教育に関して、どのような授業を行うべきかという点についてよく論じられていますが、まず考えるべきは『どのような子どもを育てたいか』という点です。私はこれから『自ら表現する力』と『創造的な学び』が重要だと思います」と山下さんはいう。
また「ICT教育はコミュニケーションも重視しているので、休み時間だとあまり接することがない子どもたちも、授業で話し合えるというメリットもあります。教師にはコーディネーターの役割もあり、この生徒とこの生徒は合いそうだなといったきっかけを作ってあげる。そうしたサポートを受けながら、生徒たちがコミュニケーションをとったり、苦手なことを助け合いながら自分たちで問題を解決していくのがベストだと考えています」
子どもだけでなく大人にも必要なこと
iPadを使ったICT教育を行えば、それだけですぐに子どもたちの学力が向上するといったシンプルな話ではない。しかし熊本市の事例では、iPadを導入することで授業に集中できない生徒が、集中できるようになりテストで高得点をとれるようになり、大人数での生活が苦手な生徒がiPadを使った授業を楽しみに登校するようになったりした例もある。
前田教授は、こんなことも話していた。「子どもたちは、それぞれ自分は何を理解できているか、そしてできていないかということを知るべきなんです。つまり自分に足りていないものを認めるということですね。例えば嫉妬を感じたときに『自分は彼になりたいんだ』といったことが気づける。そして、彼のようになるにはどうすればよいかを考え、自己調整できるかということが大切なんです」
このような自己を認める力、自省の力は子どもたちだけでなく大人にも必要なものだ。ICT教育は、自ら課題解決ができて、社会のあらゆる問題を意識できることを目指したものだ。デジタル機器の上手な使い方を学ぶだけではない。それらを活用することでできる創造的な学びや課題解決のスキルは、大人にも求められているものではないだろうか。