5月10日に行われた大統領の就任演説も新鮮だった。尹錫悦大統領は「自由」という言葉を30回以上も使い、自由や人権を強調した。韓国政府関係者によれば、側近たちが2パターンの演説原稿を準備したが、尹氏は「自分が語りかけたいことを話す」と言って、受け取らなかったという。
韓国の歴代大統領の就任演説は、まず世界情勢について語り、朝鮮半島の現況を説明し、自らの公約について語るというのがお決まりのパターンだった。例えば、対北朝鮮政策が似ているとされる李明博大統領の場合、就任演説で、北朝鮮が核を放棄した場合、「10年以内に北朝鮮住民の所得が3000ドルに達するように支援する」と約束した。いわゆる「非核開放3000」と言われる公約だった。これに対し、尹氏は、北朝鮮が非核化に転じた場合、「北朝鮮の経済と住民の生活を画期的に改善させる大胆な計画を準備する」と語り、具体的な数値には踏み込まなかった。
元韓国大手紙幹部は「過去、大統領の公約は死屍累々だった。実現もできない大言壮語を吐くより、自分の理念や理想を語って好感が持てた。周囲には、大統領らしくないという批判する人も大勢いたが、自分はあの演説を聞いて、韓国の政治を一段階上のレベルに引き上げる可能性を感じた」と話す。
尹錫悦氏が演説している最中、後方に座った出席者が携帯で電話をしている姿をみかけて、少々驚いた。過去に複数回、韓国大統領が出席する行事を取材したが、行事の開催中は携帯が使用不可能になったからだ。海外の関係者も多く出席した事情を考慮したのかもしれないが、斬新な風景だと感じた。
朴槿恵元大統領は大統領府幹部たちとも対話で会話することが少なく、「不通(プルトン)大統領」と呼ばれた。文在寅大統領は庶民派だとアピールしたが、権力に群がった側近たちが文氏を祭り挙げ、周囲から届く情報や意見を遮った。
尹錫悦政権は始まったばかりで、残りの任期は5年ある。政権に対する世間の目が厳しくなれば、尹氏の開放的な姿勢が変質する可能性も十分ある。今の姿勢を最後まで貫くことができれば、久しぶりに記憶に残る大統領になるかもしれない。
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