アメリカ生物物理学会が発行する学術誌「バイオフィジカル・ジャーナル」で最近発表された研究論文によると、新型コロナウイルス全体のモデル、しかも、実際に機能するコンピューターベースのモデルが初めて誕生した。世界中で行われているウイルス研究を支援するため、幅広く利用可能とされている。
ウイルスの「脆弱さ」を攻撃、退治
何かを制御するには、その仕組みを理解するのが最初の一歩。シカゴ大学のグレゴリー・フォート教授によれば、ウイルスのライフサイクルや構造に関するありとあらゆる知見は、ウイルスの脆弱な部分を攻撃し、退治する上で役に立つという。
フォート教授らの研究チームは、新型コロナウイルスのあらゆる特徴を識別してきた経験を生かし、重要なポイントに絞って研究を重ねた。こうして、コンピューターで実行可能なほどシンプルなモデルを構築する環境が整ったのだ。
上のイメージは、ウイルス粒子を紫色に着色した透過電子顕微鏡写真である。新型コロナウイルスに感染したアメリカの患者のものだ。疫学研究でコンピューターモデルを使うと、この感染症が次にどこへ、どのように広がるか、予測しやすくなる。
ウイルスは、他の生物学的存在と比べて比較的単純である。しかし、ウイルスをモデル化するとなると、計算システムの構築に課題が山積みだ。とりわけ、現在早急に求められているのは宿主の体内におけるウイルスの挙動を理解することだが、これには無数のシナリオが存在するため、困難を極める。
今回、モデル作製に成功したフォート教授らの研究チームは、ウイルスに打ち勝つために必要な医療研究において重大な課題をクリアしてみせた。
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粒子の「粗視化モデル」構築、創薬や変異株予測にも
フォート教授らは、低温電子顕微鏡法、X線結晶構造解析、さらに計算機による予測によって獲得したデータによって新型コロナウイルスのタンパク質の分子構造モデルを作り、さらにそれを組み合わせてウイルス粒子全体のモデルを構築した。結果的に、ウイルス粒子の「粗視化モデル」構築に成功しつつあるという。
フォート教授によると、実際のウイルスの原子レベルのモデルを実行させることは可能だが、その計算に課題があるという。最も有用な情報を見出すためには、数百ナノ秒以上はモデルを実行させねばならないが、それが難しいのだ。
研究者たちはこのため、ウイルスが持つ個別のタンパク質のモデル作製にこだわっていた。この手法でも一定のメリットはあるが、計算機科学者であり、ヘイグ・P・パパジアン栄養化学特別教授でもあるフォート教授は、細かく分割したアプローチでは全体像が見えてこない、と述べる。
さらに、ウイルスは全体で機能するため、ある部分だけを抽出して見ていても、すべての挙動を観察するには不十分だろうと続けた。
世界中の創薬をサポートし、突然変異にも有用な考察をもたらすことを期待して、フォート教授らはこの全体モデルを開発した。本稿の執筆時点では、このモデルを誰でも簡単にダウンロードできるようになっている。世界がパンデミックに打ち勝つことを切に願っているからだ。
(本記事は、英国のエンジニアたちが立ち上げたテクノロジー特化メディア「Wonderfulengineering.com」からの翻訳転載です)