起業の過程をドロシーの旅に重ねるというアメリカ人ならではの例え方ではありますが、表現されているテーマ自体は文化を超えて通用するものだと思います。脳(知恵)、心(情熱)、勇気の3つは創業者にとってどれも欠かせない要素です。また、それらの要素はリーダーシップを支える3本柱のようなもので、どれか1つに偏るのではなく、最適なバランスを求めるのが肝心だとBarton氏は説明します。たとえば、「知恵」にばかり偏りすぎても、「勇気」がなければ創業者として成功しにくいかもしれません。同様に、「情熱」にあふれていても、それを実現するための知的創造力を伴わなければ、やはり難しいでしょう。ただし、もし多すぎて良いものがあるとしたら、それは「勇気」です。PayPal創業者のPeter Thiel氏も、著書の『Zero To One』でこのように述べています。「並外れた思考力を持つ、いわゆる天才は非常に少ない。しかし、勇気のある人はどんな天才よりもさらに少なく、貴重だ」。
また、Barton氏は「ピグマリオン効果」の重要性についても説いています。ピグマリオン効果とは、高い期待をかけることによって、相手のパフォーマンスがその期待に応えて向上する心理効果のことです。つまり、野心的な目標を設定すれば自然とパフォーマンスも上がるということです。これまでの実例などから見ても、スタートアップに限らず、一見大胆な目標を設定している組織のほうが高い成果を生み出し、予言の自己実現によって異例の成長を実現できているようです。あのElon Musk氏も、SpaceXを創業してまだ間もない頃に火星移住計画を提案し、世間を驚かせました。しかし、彼の破天荒とも言える考え方が原動力となり、SpaceXのこれまでの高成長に結びついてきたのもまた事実です。火星移住計画についても、20年の時を経て多少は現実的になってきたのではないでしょうか。
知恵、情熱、勇気、そして大胆な目標──。これらが創業チームに求められている要素だとBarton氏は主張します。実際、私たちがスタートアップへの投資を検討するときも、それらの要素についてよく議論するので、この考え方にはとても共感できます。尊敬できる、バランスのとれた創業者とともに会社を作り上げ、野心的な「旅」を共にしたいと私たちも考えています。このような姿勢で投資しているからこそ、たとえうまくいかなかったとしても、素晴らしい人たちと組めたこと、同じ目標に向かって協力できたことを誇りに思えます。そして、ともに成功への道のりを歩むことができた投資先は、数は少なくても、それこそ世界を変えることになるかもしれません。
連載:VCのインサイト
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