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米国で最初のプロの女性天文学者として知られるマリア・ミッチェルは、1847年10月1日に、マサチューセッツ州のナンタケット島の夜空に、新たな彗星を発見した。彼女が発見した彗星は「ミッチェル彗星(C/1847 T1I)」のニックネームで知られている。

1818年生まれのミッチェルの父親は、強固な平等主義の考えを持つ教師で、彼女に男子と同じ教育を与えた。アマチュア天文学者である父の下で育った彼女は、幼少の頃から天体観測に興味を持ち始め、天体望遠鏡や六分儀、クロノメーターなどの専門的な機器を操るようになった。

ミッチェルは少女の頃から、天体の位置から緯度や経度を割り出したり、日食の時刻を正確に予測する能力を身に着けていた。彼女は父の教師の仕事を手伝うようになり、当時はまだ珍しかった女性教師になった。その後、1847年の彗星の発見によって彼女はプロの天文学者としての地位を確立した。

彼女は1849年にデンマーク国王のフレデリック7世から、彗星発見者に贈られるメダルを授与された。当時は、彗星の発見が世界的注目を集めており、デンマークは天文学者を讃える賞を設立していた。

1848年に彼女はニューヨークのセネカフォールズで開催された、世界初の女性の権利会議にも招かれた。ミッチェルは1849年には、米沿岸測地測量局(U.S. Coast Survey)の仕事を任され、天体の位置から測量を行うプロジェクトを手がけた。

そして1865年には、ニューヨークに設立されたばかりのヴァッサーカレッジに、天文学の教授として迎えられたが、その数年後には大学に対し、女性に平等な賃金支払いを求める抗議活動を起こした。

ミッチェルと友人の女性教師は、彼女たちに支払われる賃金が男性の半分以下であることを問題視し、その是正を求めた結果、平等な賃金を勝ち取ったのだ。彼女は死の直前の1888年まで、ヴァッサーカレッジの教壇に立ち、天文学の研究を続けた。

ミッチェルは奴隷制度の廃止を訴え、女性の地位向上に貢献した人物として知られている。

編集=上田裕資

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