ビジネス

2020.03.26

トレンドを追うな。山形のニット会社が世界のデザイナーを振り向かせた

「カッティングエッジ賞」を受賞した佐藤繊維代表取締役社長の佐藤正樹。「モヘアみたいでしょう」というヘアスタイルは、どこへ行っても「ああ、 あの金髪の日本人ね」と言われるトレードマークだ


トレンドを追わぬ「糸もニットも知らない人間」


トレンドを追うのではなく、オンリーワンを目指す。売り込まなくても、買いたいと言われる商品をつくる。そう理想を掲げるのは簡単でも、貫き通すのは難しいはずだ。

「私は、変態なところがあるんですよ。お金儲けも好きだけど、ものづくりのほうが好きなんです」

跡継ぎとして生まれたが、繊維はやりたくなかったという。かなりやんちゃな10代に熱中したのはボクシングだった。

「世界チャンピオンになろうと決めていたので、世界チャンピオンと同じ練習をしていました」

しかし、マイク・タイソンと同年同月生まれの少年は、世界一にも日本一にもなれなかった。

「初めて挫折しました。その後、東京へ出ても、やることはあるんだけど充実感がなくて、夢のない時代でしたね」

服を学んでアパレルの仕事をし、寒河江に戻ったのは1992年、日本のアパレルメーカーが、製造拠点を海外に移し始めた時期だった。

「注文がなくて、いろんなことをやりました。イタリアの工場を見学して、同質化する世界の中で、独創性を出す必要があると感じたのもこのころです。自分がつくっているものは、世界の誰もつくろうとしていないもの。自分が歴史をつくれるんだ、これは面白いなと思いましたね」

ハイゲージを編める新しいマシンは買えなくても、50年代から使っている古い紡績機や編機はある。

プログラムは自分で書いて、古いマシンとそれを使いこなすスキルがないとつくれない糸、そして、ニットを製造し始めた。

「機械メーカーの人も真似できないですよ。もう手に入らないような古い機械だからこそ、素材を選ばないでできる工夫もあります。私はニットのことを、糸も編み方も、全部知っているから、こういうことができるんです」

かつて佐藤を“糸もニットも知らない人間”と見下した人物は、この言葉をどう聞くだろう。

ミシェル・オバマがカーディガンを羽織って大統領就任式に臨んだ09年が過ぎ、ホールガーメント(無縫製)のニットが編める機械を導入してからも、 その使いこなし方は唯一無二で、同じ機械を導入した他社には真似できないようなニットを次々に発表している。THE NORTH FACEと共同開発した無縫製で立体的な「グローブフィット」シリーズはその代表例。「991」のジャケットも“変態”による会心の一撃だ。

「何十回もサンプルをつくって、その間は売り上げを捨てていたようなものですよ」

最近は、こうした自社ブランドでのニット製品の展開、さらには本社脇に開設したセレクトショップ「GEA」や付設のレストラン運営も手がけながら、 やはり、新素材開発に余念がない。

ウールと難燃性の素材を組み合わせた燃えないニット、丈夫な素材と組み合わせた破けないニットなど、ウールの印象を変える糸づくりを進めている。 「たくさんはつくれないので、ファッションではなく、消防士や自衛隊員の制服、それからアウトドアなどの用途を考えています」

やはりトレンドは追わない。立つのは対戦相手のいないリングだ。「ここでなら、世界チャンプになれるかもって思ってるんですよ」物語はやはり、終わっていなかった。


佐藤正樹◎第4代佐藤繊維社長。1966年、山形県寒河江市生まれ。文化服装学院卒業後、アパレル勤務を経て家業を継ぐ。世界中の原産地や流通の現場を訪ね、どこにもない毛糸とニット製品の開発・製造を続けている。


なぜ、佐藤正樹は、世の中にない糸を追求し続けるのか。そのほか、グランプリを受賞したフィルム型ソーラーの川口スチール工業(佐賀県鳥栖市)や「COEDO(コエド)ビール」の協同商事(埼玉県川越市)など、危機をバネに進化を遂げたスモール・ジャイアンツたちの逆転のストーリーを一挙公開。フォーブス ジャパン2020年5月号は3月25日(水)発売!購入はこちらから。


文=片瀬京子 写真=佐々木 康

この記事は 「Forbes JAPAN 5月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

連載

SGイノベーター【北海道・東北エリア】

ForbesBrandVoice

人気記事