今日より明日、明日より明後日と自分の成長を感じられるアクティビティがあること。そんなアクティビティを通してその場所にハマっていく経験を提供すること。前回は、そんな気付きから日本独自のゲーム性について考えてみた。
その記事をフェイスブックでシェアしたところ、以前から親交のある、文教大学国際学部国際観光学科の高井典子教授から「ゲーム性というキーワードは、別の言い方をすると、“flow experience” なのだと思います」とコメントをいただいた。
高井教授の専門分野は観光行動や国際観光だ。NHK-BS1の番組「Cool Japan」のご意見番として、外国人の視点から見た日本の文化や各種観光資源をどう解釈すればいいのか、観光研究の知見に基づいて発信するほか、2016年からは東京都観光事業審議会委員も務めている。
今回はその高井教授と、日本の観光の現状とインバウンドの未来について語り合った。かつてないほどの盛り上がりを見せるこの分野で、意義のある施策を打つにはどうすればいいのか。前後編でお届けする。
世界中から人を呼び込む“flow experience”の生み出し方
高井:前回の記事を拝読しました。青木さんがニュージーランドの雪山でスキーやスノーボードをするなかで見出した“ゲーム性”というキーワードは、別の言い方をすると、“flow experience(フロー体験)”なのだと思います。
青木:この言葉は、高井さんから教えていただいて初めて知りました。
高井:flow experienceとは、自分の能力やスキルと、チャレンジする行為の難易度が高い水準で合致した時に起こる没頭感、達成感、深い喜びや成長実感のことです。
もともとは心理学の概念で、観光分野ではアドベンチャーツーリズム(アクティビティ、自然、異文化体験の3つの要素のうち2つ以上で構成される旅行形態)の文脈でよく知られているフレームワークなのですが、たしかに有田焼のような工藝の習熟にも当てはまりますね。長期滞在のなかで自分のスキルが上がり、チャレンジレベルもアップすることでフロー体験がおこる。
青木:まさに僕が感じたことそのものです!
高井:日本国内でflow experienceを体現している事例ってなんだろうと考えていたんですけど、なかなか思い当たらなくて。おそらくいろんな分野で深く狭いセグメントがあるはずで、それを認知させることさえできれば、たとえ1回あたりの集客数がそんなに多くなくても世界中から人が訪れるんじゃないかなと思うんです。万人受けする必要はないんですよね。
青木:深く狭いセグメントかぁ。盆栽とかはまさにそうですよね。フローに到達するまでが相当大変ですけど(笑)。僕は盆栽に対して、自分の哲学と盆栽の哲学を重ねてバージョンアップしていこうという気概のある人が趣味としているイメージがあります。こういった深みのある文化は、日本の強みですよね。
高井:そうですね。
青木:あとはそれをどう生かすか。この前、立正大学の鈴木輝隆先生が「日本にはNewとOldばかりが溢れている」とおっしゃっていました。新しいものを作って、それが古くなったら壊して、また新たに作る、その繰り返し。鈴木先生は「観光地を作ってはダメなんだ」としきりにおっしゃっていて、それがすごく面白いなと。
別の方は、「ヨーロッパでは、NewでもOldでもなく、徐々に価値が上がっていく"Vintage”を大事にしている」とおっしゃっていました。
文化とは、人の意志がかたちになったもの
青木:一方で、日本は古くからの資産や資源に頼りすぎているとも思います。たとえば、”能を世界へ”となったときに、能の背景に存在する日本独自の文化や言葉を、多くの海外の人たちはよく理解することができません。国内の人々に対しても、同じことが言えるでしょう。今を生きる人たちに伝わるかたちにアップデートすることが重要なのに、それをしないまま打ち出すケースが多いなと。
しかも、そういった施策にはかなりのお金が使われていますよね。訪日観光事業を行うフリープラスの須田健太郎さんは「もしいまお金と時間がじゅうぶんにあったら、いつでも四季を感じられる植物園を作りたい」とおっしゃっていました。
ターゲットの求めるものをみたうえで、日本の特徴である四季を使う。既にもう存在するものの、再開発ですよね。いま”伝統の〇〇"と呼ばれているものだって、誰かが作り始めたものじゃないですか。
高井:その意見、同感です。2つ話してもいいですか?
ひとつは、福島の大型レジャー施設「スパリゾートハワイアンズ」です。私は、この施設を題材にした映画「フラガール」を授業にも取り入れていて、観光や地域再生の視点で観たらどう思う?って学生に尋ねるんです。炭鉱で栄えていた街が時代の流れとともに没落していくなか、常磐炭鉱(現常磐興産)という会社が、福島とは何の関係もないハワイをテーマにした施設を作り、今でも経営存続している成功をおさめたわけです。
なぜそうなったのか。私は、地域の人たちが本気で地元を絶対に死なせたくないと思ったからだと思うんですよ。その思いが本物だから、作り物のハワイだけれども、訪れた人はみんな感動する。偽物だって本気を出せばその場所の本物になれるんですよね。
青木:宮崎交通の創業者が、宮崎の海岸沿いにヤシの木を植えたことを思い出しました。ハネムーンのメッカとなるように、ヤシの木で南国ムードを演出したという。あれもすごくおもしろいですよね。文化とは、人の意志がかたちになったもので、それをどう今の時代の人に合わせていくかという思考性が大事なんだと。
高井:京都で140年以上続く「都をどり」もそうですね。本来、舞妓さん・芸妓さんはお金を払ってくれる数人のお客さんの前で座敷で踊るものとされていて、バレエやオペラを上演するような大きな舞台では踊りません。でも、明治維新による東京への遷都で京都のお公家さんも東京へ行ってしまったことで、街が衰退しそうになってしまって、そこでなんとかしなきゃと立ち上がって生まれたのが「都をどり」なんです。
明治5年に開催された京都博覧会に合わせて、当時の訪日外国人を意識して本来の舞を再構成して出来上がったそのイベントが今では古都の風物詩と言われていますけど、当時にしてみればとんでもないことをやっちゃったという。
青木:なるほど。それも「再開発」ですね。(後編に続く)