「歴史の転換点」、アバターが実現する未来へ

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米テキサス州オースティン。音楽とテクノロジーの祭典、SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト、3月9日〜17日開催)で、ついにXプライズの次期レースの創設が正式発表された。このイベントに日本から招待された科学者がいる。「歴史の転換点を目の当たりにして感慨無量でした」と話す東京大学名誉教授の舘暲(たち・すすむ)だ。

これまでにグーグルがスポンサーになった月面無人探査レースなど、世界的な課題解決を目的に、様々な技術開発を促進してきたXプライズ財団の賞金レース。日本企業で初めてANAが賞金総額1000万ドル(約10億円)のスポンサーとなり、世界各国のチームが頂点を競う次のレーステーマに選ばれたのが「アバター」だ。

今回のレーステーマを決める際に、Xプライズ財団の調査チームは舘を訪ねた。舘は1980年にテレイグジスタンス(遠隔存在)の概念を提唱し、40年近くにわたって研究してきた第一人者だ。その成果であるテレイグジスタンスのロボット、TELESAR Vを彼らに実演し、今回のレーステーマ「アバター」が決まった。

アバターと言えば、2009年公開の同名のジェームズ・キャメロン監督によるデジタル3D映画を思い浮かべる方が多いだろう。地球から遠く離れた緑豊かな惑星に、希少鉱物の採掘を企む人間がその惑星の宇宙人の姿をしたアバターを遠隔で操作して乗り込む。宇宙人のように青く長い手足と驚異的な身体能力を駆使し、桁外れに巨大な木々の間を自由自在に駆け回るシーンは圧巻だ。

遠くにある自分ではない身体を自らの分身のように動かし、見て、聞いて、触る。そんなロボットを2021年までに実用化する。それが今回のレースの目的だ。そのためにはロボティクスやAR、VR、通信や触覚技術などの様々な最先端技術の融合が必要だ。レースに参加するチームのロボットは、様々な審査基準をクリアし、最終的に人間が遠距離からコントロールできるロボット(=アバター)を最も早くつくったチームが800万ドルを手にする。

「このレースを通して、アバター産業が生まれ、人間の働き方、生き方、そして社会の在り方が、年齢や性別によらず、住む地域によらず、障害の有無も乗り越えて、皆が暮らしやすい方向に変わっていく。その第1歩が踏み出されたのです」と舘は話す。

レースの創設は、テスラのイーロン・マスクなどの起業家や名だたるアーティスト、政治家も登場した今年のSXSWの中盤、3月12日にメーン・ホールで華々しく発表された。数百人集まったという会場で、Xプライズの設立者で会長のピーター・ディアマンディスが登場。チーム登録の受付が同日始まったと発表すると、観客の大きな歓声に包まれた。

SXSWの会場近くには、レース創設を記念して、バーやボーリングレーンを併設した4階建ての建物を貸切りにした専用会場も開設。ANAのロゴに使われている青色や水色をあしらった内装や、フライトアテンダントの格好をしたバーテンダーらが雰囲気を盛り上げ、参加者はアバターの可能性に酔いしれた。

レースで世界の注目を集めているだけではない。舘の研究を詰め込んだロボットの商品化を探る動きもある。

舘を会長に迎えるテレイグジスタンス社は都内の一角にオフィスを構える従業員20人、2017年設立のスタートアップだが、同年にKDDI Open Innovation Fund、Global Brain 6号、科学技術振興機構から出資を受けたことを発表(金額は非公開)。舘氏の研究室の元メンバーら技術者が立ち上げに加わり、新製品を今年中にも発売しようと開発を進めている。

舘教授とSXSWの発表の様子を見ていたテレイグジスタンス社COOの彦坂雄一郎氏は「アバターの実現する未来は遠い先だと思っている人が多いようですが、数年後にそんな世界を体験できる商品を市場に投入したいと思っています。全然遠い未来ではないですよ」と笑みを浮かべる。

様々な技術が指数関数的に進化する現代、それら技術を応用して全く新しい働き方や生き方ができる世界、アバターの世界が始まろうとしている。3月24日発売、働き方について特集した「フォーブス ジャパン」5月号は、テレイグジスタンス社など未来の働き方を変える新しいテクノロジーに人生を賭けて挑戦する人々を取材。アバターのような世界で、人々の働き方、生き方はどのように変わるのか。それぞれが夢見る未来像を追った。

編集=成相通子

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