誰もがデジタルによる変化を感じている中で、仕事がなくなることを恐れている人もいる。しかし、「これまでにもなくなってきた仕事はある」というロメッティは「そもそもシンギュラリティ(人工知能が人間の能力を超える時)が来るのは何十年も何十年も先のことなのに、みんな騒ぎすぎ」と楽観的だ。
MITの研究によれば、なくなる仕事は10%だが、デジタルによる変化は100%の仕事に影響を与える。したがって「仕事がなくなるってことはないけれど、機械と共に働く準備は必要だわね」とロメッティ。研究チームからの報告を常に受け、ブロックチェーンやクオンタムなどITの最先端に精通する彼女の言葉には重みがあった。
すべての技術はツールであり、人に使われるためにある。その上で重要なのは、見えない恐怖に怯えるのでなく、急速かつ多くの変革が起きている今の時代についていくこと。学ばずに恐れるのではなく、学びつつまずはやってみて、それから修正する──。彼女の言葉には、「アジャイルの精神で技術をうまく利用することだ」という明確なメッセージがあったと思う。
成長にリスクはつきものだ
40年にわたるキャリアについて、ベニオフが「何が成功をもたらすと思うか?」と尋ねると、ロメッティはテキサス州知事が語ったという「パッションとはそう簡単にあきらめないこと。失敗する人とは、成功の直前で挑戦を辞める人のことだ」という言葉を引用した。
最初に管理職を任されそうになったとき、自信がないと思った彼女は家に帰って夫に相談した。すると夫からは思いがけず「君が男でも、その仕事はできないって言うと思う?」と質問された。その翌日、彼女はリスクを恐れず仕事を引き受けた。夫の問いかけに、はっと「成長するにはリスクを取ることが必要なのだ」と気がついたからだった。
(c)2017 by Jakub Mosur Photography
むしろロメッティは、女性だからという理由で差別を感じたことはない。それはIBMには彼女の前に何人もの素敵なロールモデルがいたからだ。同社では、ポジションごとの男女比や給与水準の管理は当たり前のこと。性別による差別が起きないようにするためにもワトソンを使っている。
ロメッティはさらに一歩進んで、毎日の仕事で、女性やマイノリティが常に歓迎されている雰囲気を作らないと人数合わせをしても意味がないという。それが彼女の言う“輪の中に入れる”ということで、ロールモデルを今後絶やさないためにも、その状況作りを大切にしているという。
「自分がどういう人なのかは、人に決めさせるものじゃない。自分だけが見つけられること。そして、成長するときにはつねにリスクがある。それは人でも、会社でも、国でも一緒。今はみんな成長のときなのよ」
そう言っていた彼女のオーラの輝きは、40年のキャリアを経てさらに、前に前に、パワフルに、どこまでも未来に向かっていた。