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田坂広志の「深き思索、静かな気づき」

Monkey Business Images / shutterstock.com

我々は、日々の仕事と生活の中で、極めて難しい問題に直面し、最後は「直観」で決めなければならない状況に置かれるときがある。では、そのとき、「直観」を閃かせる技法というものがあるのだろうか。その技法について考えさせる、興味深いエピソードがある。実際にあった話である。

ある企業で、マネジャーのA氏が、重要な商品開発プロジェクトの意思決定に直面した。市場の調査と分析も徹底的に行い、会議でも衆知を集めて議論を尽くしたのだが、それでも、この商品開発に踏み切るべきか否か、メンバーの意見が定まらない。そして誰よりも、その意思決定の責任者であるAマネジャー自身が、決断できないのである。

典型的なハイリスク・ハイリターンのプロジェクトであり、不確実性が大きく、極めて難しい意思決定であった。会議のメンバーからは、「Aさん、決めて下さい」との声が無言で伝わってくる。メンバーはAマネジャーの力を信頼している。最後はAマネジャーの直観力に委ねようとの雰囲気である。

そうした雰囲気のなかで、Aマネジャーは、目を閉じ、しばし黙して考え込んでいたが、ふと目を開けて言った。

「よし、サイコロを振って、決めよう」

唖然とするメンバーの前で、偶数ならプロジェクトの実施決定、奇数ならプロジェクトの実施見送りと宣言し、Aマネジャーは、意を決し、静かにサイコロを振った。全員が固唾を呑んで注視するなか、果たしてサイコロは「偶数」と出た。プロジェクトの「実施決定」である。

その瞬間に、Aマネジャーが言った。

「やはり、このプロジェクトの実施は見送ろう」

さらに唖然とするメンバーを前に、彼は、言葉を続けた。

「いま、サイコロが『実施決定』を示した瞬間に、心の深くから『いや、違う』との声が聞こえた。自分の直観は、やはりプロジェクトの実施見送りを教えている。自分は、その直観を信じるよ」

彼は、自身の「直観」を閃かせるために、敢えてサイコロを振ったのである。議論が行き詰った状況において、敢えて、結論をサイコロに託し、退路を断ち、自らを追い詰めたのである。そして、不思議なことに、「直観」というものは、退路が断たれ、追い詰められた状況において、閃くことが多い。

実は、一流のプロフェッショナルは、無意識に、こうした形での「直観力のマネジメント」を身につけている。

例えば、短編小説家や随筆家などで、締め切りが迫ってこないと筆が進まないという人物がいる。これは、決して怠惰なのではなく、「もう後が無い」と追い詰められたとき、アイデアが直観的に閃くということを、経験的に知っているからである。

その意味で、一流のプロフェッショナルは、分野を問わず、「直観」を閃かせるために、自らの退路を断ち、自らを追い詰める技法を身につけている。

例えば、永年にわたりテレビで生放送の時事番組を担当した著名なキャスターは、「生放送の番組の方が、録画の番組よりも、ゲストから良いコメントを引き出せる」と語っている。これも「撮り直しができない」という緊張感の中で、優れた直観が閃き、良いコメントが生まれることを述べている。

では、「直観」を閃かせるためには、ただ、退路を断ち、自らを追い詰めればよいのか。かつて、プロ野球のイチロー選手が、世界一を賭けた大試合を前に、「プレッシャーは無いか」との質問に対し、こう答えている。

「それは、胃が痛くなるほどの大変なプレッシャーですよ。しかし、そのプレッシャーを楽しんでいる、もう一人の自分もいるのですね」

追い詰められた自分を楽しむ「もう一人の自分」。それが生まれてきたとき、この「直観力のマネジメント」は、佳境に入っていく。

田坂広志の連載「深き思索、静かな気づき」
過去記事はこちら>>

文=田坂広志

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