日本人はなぜ、「重症になってから」病院へ行くのか?

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「そもそも患者さんはなぜ、症状が重くなってから病院に来るのか?」

循環器内科の臨床医時代、山本雄士が感じた疑問。それはいつしか、「病気になる手前から医学的な介入があれば、個人にも社会にもメリットがあるはず」という確信に変わった。「予防医療」の発想である。だが、日々の診断と治療に明け暮れる医療機関で、日本の医療のあり方に対して危機を感じる者は自分以外いなかった。

「他にも、病院によっては研修医が実質ひとりで当直していたり、スタッフ間での情報共有が非効率だったりと、リスクマネジメントの面に問題がある。医師は自分の仕事だけに集中するのが病院にとっても患者さんにとってもいいことなのに、煩雑な事務作業に日々追われる。それで当時の上司に『日本の医療はこのままで大丈夫なのか』との想いをぶちまけたら、『ビジネススクールでマネジメントを学んできたらどうか』と。まさに電光石火のごとく、その手があったか!と思ったんです」

こうして山本は渡米を決意、2007年に日本人医師として初めてハーバードビジネススクールでMBAを取得する。帰国後は、医療とビジネスの両側面を知る立場からのアドバイスを各所から求められ、気づけば国や公的機関の研究職、医療系民間機関のアドバイザーなど、4年間で15の肩書を持つまでに。

その間に「病気や怪我の患者を崖下で医師が待つ時代は終わりにしたい。崖からいかに落ちてこないようにするか、崖にいかに来させないようにするか、後手に回らず、先手を打つ」との思いを強くし、11年、投資型医療の実現を目指したヘルスケアベンチャー「ミナケア」を創業した。「誰もやらないなら、自分が」という、背水の陣だった。

ビジネスモデルは、「保険者(健康保険組合や国民健康保険など)」と「事業主(企業)」を対象としたBtoB。健康保険組合などが保有する健康診断・レセプトデータの医療情報を解析し、保険加入者の効果的かつ効率的なヘルスケアを提案する。

日本は国民の多くが定期健康診断を毎年受ける、世界でも稀な国だ。この健診データは当然、膨大なビッグデータとなっているはずだが、これまでほとんど活用されてこなかった。山本はこのビッグデータに着目したのだ。健診データでどうやって投資型医療ができるのか、山本はわかりやすく説明してくれた。

「保険者(国保や社保)は被保険者(加入者)のうち、誰が健診を受けたか、誰が病気のリスクにさらされているか、誰が再検査に行っていないかをすべて把握しています。でもこれまでは加入者に対して十分なアクションをしてこなかった。ではそのうちの誰かが高血圧を放置し、ある日心臓発作を起こして300万円の医療費がかかったら、どうなりますか? 加入者の払った保険料から医療費の7割が支払われますよね。

私からすれば、保険者には人のお金を預かって運営している感覚が足りない。なぜ彼が倒れる前に『病院に行きなさい』と指導できないのか。なぜ健診を何年も受けていないと知っていて、みすみす放っておくのかと思うわけです」

つまり、予防医療さえできれば、保険者は預かった保険料を湯水のごとく失わずに済み、加入者は保険料が下がる。双方に大きなメリットが生まれるということだ。ミナケアでは、加入者一人ひとりの健診データを新たな視点で解析し、結果に基づく保健事業戦略の立案と加入者個人に合わせた健康維持や疾病予防プログラムを提案、個人のQOL向上だけでなく、医療に関連するコストの削減を目指している。

事業者に対しても、まずは「加入している健康保険組合のパフォーマンスによって会社の支払う保険料が上下する」ことを社長に理解してもらい、同様のコンサルティングをしている。「あなたのところはちゃんとできていますか?」と言って回る自らを、山本は「健康づくりの監査法人」と称して笑う。起業して6年。解析支援者数は年間300万人に達した。

「社員の病気を未然に防ぎ、医療費が減るだけで、会社の利益は上がるし、従業員の手取りも増える。すごくシンプルな“投資商品”だと思ってくれたら嬉しいです」
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文=堀 香織

この記事は 「Forbes JAPAN No.39 2017年10月号(2017/08/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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