実際、これまで熊野氏が指導した学生たちからは、ビジネスコンテスト日本一や海外で飲食チェーンを展開する者が現れるなど成果も出ている。熊野氏自身も経済産業省が主催する「University Venture Grand Prix 2015」で「最優秀教員賞」を受賞している。いま日本の起業家教育で何が起きているのか、熊野氏に聞いた。
「起業部に入って起業しないのは、野球部に入って野球しないのと一緒」。
2017年6月23日に設立された九州大学「起業部」の創設者で、指導者でもある熊野正樹准教授は言う。生まれたばかりのこの部は、すでに総勢150名もの部員を抱える。
入部条件は「学生起業の意志がある九大生」。部費は年間で1万円と、学生にとっては決して安くない金額である。それらの条件をクリアして入部した部員たちに求められるのは、冒頭の氏の言葉どおり「学生のうちに起業をする」ということである。
熊野氏のバックグラウンドは、アカデミズムの世界の中では異質に映る。銀行、大学院、コンサル、TV番組制作会社、上場ベンチャー、そして、起業。同志社大学専任講師を務め、そこで教育に目覚めた。
きっかけはふたつあった。ひとつは、自ら起業家としての立場から、日本の起業家教育が低質だと感じたこと。
起業家精神は起業した者にしかわからない。理論だけ教えることの無意味さに苛立ちさえ覚えていた。また、日本において起業家教育は、リーダーシップ教育であることがままある。それらは似て非なるもののはずだ。
「このままでは学生の才能をつぶしてしまうのではないか。ならば自分が……」と、使命感にかられた。
もうひとつは、目をキラキラ輝かせて聞いてくれる学生たちに向き合い、自分の知識がこんなにも役立つのかと心しびれた経験だ。「教育」という道で生きていこうと決めるに十分な感動だった。
日本政府が打ち出す成長戦略では、日本の開業率を5%から欧米並みの10%に引き上げるという目標を掲げている。そんな中、起業論を教える大学も少なくない。また、起業部がある大学は九州大学だけではない。しかし、いまだに就職という道を選ぶ学生が圧倒的に多いのは、正しい起業家教育がなされていないからだと熊野氏は指摘する。
前職の崇城大学では、熊野氏が担当する「ベンチャー起業論」の講義は、自由選択科目にも関わらず、1学年の学生数の半数である400人が受講するという人気講義になった。
「日本に起業したい学生、起業に興味がある生徒は沢山いる」。熊野氏は確信を新たにした。
また、熊野氏は九州という地から起業家を出すことにも大きな意義を感じている。シリコンバレーの成功において、スタンフォード大学なしには語ることはできない。翻って日本でも、“スタートアップ都市”と呼ばれる福岡において、この九州大学起業部はエコシステムを支える重要な役割を担うはずだ。
世間では、学生起業なんて早いという声もある。しかし、熊野氏は言う。「確かに知識や経験はないかもしれない。しかし、若さには何よりもエネルギーがある。爆発力がある。ビル・ゲイツしかり、マーク・ザッカーバーグしかり、皆学生で起業している。リスクがない大学生が起業するというのは理にかなっている。まさに学生起業はノーリスク・ハイリターンなんです」。
熊野氏が描く未来は、明るく輝いている。
熊野正樹◎九州大学 学術研究・産学官連携本部 准教授。同志社大学商学部卒、同大学院商学研究科博士課程後期退学。銀行、コンサルティング会社、TV番組制作会社、IT上場ベンチャーを経て、2005年経営コンサルティング会社設立(起業)。同志社大学商学部専任講師、崇城大学総合教育センター准教授を歴任。2016年6月より現職。博士(商学)。経済産業省「University Venture Grand Prix 2015」最優秀教員賞受賞。主な著書に、『ベンチャー起業家社会の実現-起業家教育とエコシステムの構築-』。