まずひとつは、チームHAKUTO自体の存続も大きく揺れ動いたからだ。打ち上げ契約をXPRIZE財団から2016年内に承認される必要があった。HAKUTOはアストロボティックとすでに相乗り契約を締結していたが、XPRIZE財団から承認を受けていたわけではなかった。
そこで、HAKUTOはアストロボティック以外のチームと交渉を始める。相乗り契約方式の打ち上げ契約を他のチームとあらためて締結し、12月21日にその内容を公表した。
冒頭で中村が「修正したい」と話したのは、その「相乗り契約」の件であった。そして偶然にも同じ日に、アストロボティックはレースからのリタイアを表明したのだった。
「今回、新たに契約を結んだのはインドのチームインダスです。彼らはPSLVという、インド政府が開発しているインド国産ロケットと契約を結んでいます。PSLV自体は国がつくっていますが、お金を払うのは民間ということでGoogle Lunar XPRIZEのルールには抵触しません。チームインダスもHAKUTOと同じく中間賞を取った有力チームのひとつ。技術力、とくに設計力とシミュレーションの能力においては、レース参加チームのなかでもトップクラスです。エンジニアも100人ほどおり、レースが終了した後は宇宙開発や衛星事業に乗り出そうとしています」(中村)
実は中村をはじめとするHAKUTOのメンバーは、アストロボティックの動きを事前に察知していたという。メンバーは情報を収集して、「もしもの時」に備えていた。
なかでも、チームリーダーである袴田武史は、数回インドを訪問。カルナータカ州の州都バンガロールにあるチームインダスの拠点も視察していた。
アストロボティックの先行きが不透明になった頃、HAKUTOのチーム内は動揺していたのだろうか。中村が答える。
「当時、飛び交っていた情報は、チーム内でしっかりと整理されていました。技術的にも資金的にも臨機応変に対応すべき時がくることは覚悟していたんです。なにより月へ飛べなくなることだけは避けたかった。ローバーが月面に到着して500m走るまでは、絶対に気を抜かないという気持ちで臨んでいたのです」
ライバルの脱落は喜べない
HAKUTO、そしてチームインダスが契約したPSLVのロケットは、SpaceX社のそれより打ち上げ成功確率は高い。2016年11月にインドのモディ首相が来日して安倍首相と会談した折にも、チームインダスのメンバーが2名随行しており、中村と袴田は、彼らと都内で会い、レースだけではなく、宇宙ビジネスの中長期的なプランについても意見交換したという。
「そもそも、インドは国策で宇宙を重要視している。軌道投入も成功させて開発力も高いのです」(中村)
一方、チームインダスとの新契約では、費用規模は増すことになる。資金調達もレースの重要な要素になるGoogle Lunar XPRIZEで、HAKUTOが最終的に勝利するためには、これからが本当の正念場となる。