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テキサス州のジョンソン宇宙センター (Stephen Saks / gettyimages)

テキサスと言えばジョンソン宇宙センターを思い浮かべるのが私の世代である。1985年の早春、ダラス空港に向けてタクシーを急がせていた。ドライバーはワカメのような長髪に無精ひげの青年だった。一見ヒッピー風だが、語り口は静かで上品な東部英語を話す。「テキサスは長いの?」。私の質問に彼はウィンクした。「NASAで人工衛星の軌道計算をやっていたら大リストラでクビさ。工学博士なんだけどねえ」

アメリカの宇宙開発は巨額の投資と数多くの俊英科学者たちを投入した国家プロジェクトだった。その成果は初の有人月面着陸やスペースシャトルの成功として開花した。だが、直接の投資としては採算が合うものではなかった。それゆえ、米ソ冷戦が終結する一方で双子の赤字に悩まされていたアメリカ政府は、ロケット打ち上げ計画を凍結せざるをえなくなったのである。

厳しく収益を問われる民間企業は、そもそもアポロ計画などを自ら推進することはしない。天文学的な資金も必要だ。ではこのような事業は壮大な無駄なのか。そうではない。今日のアメリカの技術力の優位性は、宇宙開発の中で生み落とされた数多のイノベーションを基盤にするものが多い。

似たような例は日本にも数多くある。戦前、膨大な国の予算を投入して磨かれた造船、航空機製造、土木などの技術が典型だ。これらは戦後の日本が技術立国として欧米に伍していく原動力になった。大和や零戦に結集されたイノベーションが平和国家の民生技術の巨大なシーズになったのである。ビジュアルな成功例としては新幹線もある。戦前の北京・東京弾丸列車計画が先行していた新幹線だが、オリンピックを目標にした国家プロジェクトとして蘇った。

現代の常識は、市場における民間の自由な創意工夫と競争、進取の気性こそが、イノベーションと経済成長を生み出すとする。「官」は身を引き、せいぜい民間のサポートか市場が失敗した場合の救済に徹するべきだ、という。

こんな常識に待ったをかけた好著がある。米フォーブス誌も「この本を読むべし。考え方が変わる」と評している。昨年改訂版が出たMariana Mazzucato教授の“THE ENTREPRENEURIAL STATE”である。彼女はイノベーションや産業の高度化と技術の広がりに国家が果たす役割を強調している。

スティーブ・ジョブズは間違いなく天才だったしアップルは鋭敏なイノベーターだが、国の積極的な役割なしには大成できなかったという。アップルのiPhoneは、国の技術開発によるインターネット、GPS、音声ガイダンスなどを取り入れることでスマートになったし、グーグル躍進の核になったサーチエンジンは国立科学基金の資金援助で開発されたものだ。テスラモーターにも似たような話が当てはまり、新薬開発は国立衛生研究所を抜きにしては考えられない。さらに、民間の知恵の聖地とされるシリコンバレーすら、元来、国のリーダーシップと投資によって成立した。

したがって、国家は中長期的なイノベーション戦略について、仲介者ではなくクリエーターを演じるべきなのだ、と強調している。さらに、国家は究極のシュンペーター的革新者だとまで言い切っている。

彼女の所説ほどまで国家を主役にすべきかに関しては強い異論もある。しかし、経済は優れたマクロ政策なしには運営できない。市場はレッセフェールの下では暴走して社会と経済に大きな被害を与える。経済成長や技術革新には優れた政策が不可欠だ。これらにはいずれも国家が重要な機能を果たす。

日本は経済成長・再興戦略を推進している最中である。担い手の一つが官民ファンドだ。民間のお金と活力を引き出す成長の呼び水を標榜するが、資金の過半を政府が出資しており官のリーダーシップにも期待が集まる。

ダラスを訪問した2年後である。私はウォール街の投資銀行で証券化のプロジェクトに参加していた。日本ではまだ手も付けられていなかったこの分野に、同行は最先端のデリバティブを組み込んだエキゾチック資産担保証券を開発していた。プレゼンターは高価なジャケットを着た洒落た髪型の若い男性だった。プレゼンが終わると微笑みながら近づいてきて一言。「ご無沙汰だね。ダラスではチップをはずんでくれて感謝しているよ」

彼のような人材をロケット・サイエンティストと呼ぶ。アポロ計画はアメリカを世界最先端の金融技術国に育て上げたのだ。

文 =川村雄介

 

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