ミッションオリエンテッドな人材が企業の枠を超えて活躍する時代。自らの原体験から生まれる情熱を、いかに組織の力に変えていくのか。2024年のNEXT100にも選出された3人の先駆者が語る新しい働き方の可能性と組織づくりのヒント。
前回の記事では、「自分にとってのWell-beingな働き方」を見つけるためにワークスタイリングが提案してきた“きっかけ”について紹介してきた。
では、そのために明日からできることとは何か─。
ワークスタイリングが主催した「WORK STYLING Well-Being Days 2025」に登壇した予防医学研究者、Well-beingfor Planet Earth代表理事の石川善樹は、「いろんな人に興味をもって話を聞いてみることが大事」と前出・浜田の思いを後押しする。
「自己認識は他者との関係性のなかで変わっていく。自分を見るためにも他者への関心を深めることで、自分なりのミッションが見えてくるのではないか」(石川)。
そんな視点を受け行われた「ミッションオリエンテッドな働き方」をテーマにしたセッションでは、MIMIGURI代表取締役Co-CEOの安斎勇樹、京セラのmatoil代表の谷美那子、KAERU代表取締役CEOの岡田知拓が登壇。
自らミッションを掲げ実現に向けて動いている3名の話から、組織におけるミッションオリエンテッドな人材の生かし方を考えていく。
原体験から生まれる
社会を変えるミッション
──「ミッションオリエンテッドに働く人材」として、皆さんはどんな思いでどのような事業を手掛けているのか、お聞かせください。
安斎勇樹(以下、安斎):私はMIMIGURIで、大企業の組織づくりのコンサルティングを行っています。これまでの組織は上意下達の“軍事的”世界観が中心にありました。
組織が決めたミッションを自己犠牲的にやっていく人が、従来のミッションオリエンテッドな人材でした。しかし今は、自分自身の興味関心やもやもや、原体験に基づく衝動をエネルギーに、世の中への価値を重視しながら事業の意味を考え、仲間を巻き込んでいく人材が求められています。
そんな“冒険的”世界観への移行が必要であり、新たなミッションオリエンテッドな人材をどう生かすかが重要な課題です。
谷美那子(以下、谷):私は京セラで「matoil」プロジェクトの代表を務めています。もともと携帯電話のUI/UXデザイナーでしたが、社内の新規事業立ち上げ制度に応募したところから始まりました。
matoilは食物アレルギーに対応した食事キットを提供しています。私自身が食物アレルギーをもっていた経験から、「お客様すべてのアレルギーに対応しよう」という思いで事業をスタート。オンラインショップでの商品販売のほか、オーダーメイドのごちそうキットや修学旅行用の食事などさまざまなケースに対応し、子どもたちの「食べられないことで生じる疎外感」をなくしたいと考えています。
岡田知拓(以下、岡田):KAERUでは、「誰もがお買いものを楽しみ続けられる世の中にする」をビジョンに、介護福祉を受け方向けのキャッシュレスサービスを提供しています。ご高齢の方の認知機能が低下すると金銭管理が難しくなり、認知症と診断された途端、お金をもつことを家族から止められ、自由な経済活動ができなくなることで社会参加の機会が失われることがあります。そうした課題に対して、見守りが必要な方へのサポート付きキャッシュレスサービスを提供し、家族が遠距離にいても安心して買い物が楽しめる環境づくりを進めています。
安斎:事業を立ち上げた背景にはどんな思いがあったのでしょう。
岡田:LINEやLINE Payに勤めていた経験から、高齢者の方にキャッシュレスが広がらないもどかしさを感じていました。「目の前で困っている人のサポートができないか」という思いから事業化に踏み切ったのです。経営者の傍ら、介護ヘルパーとしても働いており、現場で目の当たりにするお金のやりとりからサービス改善にも生かしています。
谷:私もmatoilを始める前は「何を突き詰めたら事業に貢献できるのか」モヤモヤした思いがありました。新規事業プログラムを始めることで、得た学びを京セラの事業にも生かせるのではないかという期待もありましたね。

個々の働き方を生かす
境界を超える組織とは
──ミッションオリエンテッドな人材を組織で生かすために人事視点でできることは何か。皆さんの考えをお聞かせください。
谷:京セラの新規事業立ち上げ制度は、「提案者が責任者になって事業をスタートさせる」仕組みになっています。自分で考えて、決めて、自分で動いていける環境がすごくありがたかった。特に、最終審査まで残った60人ほどのメンバーでアイデアの意見交換をし合った時間がとても面白く、性別や部署、年齢、地域に関係なく、お互いの事業を応援し合うインフォーマルな横のつながりができました。「社内にはこんなにミッションオリエンテッドな人たちがいたんだ」という発見もうれしかったです。社内スタートアップの立ち上げでは、部署や地域横断で多様な人とのつながりをつくれるかどうかがとても重要だと思います。
岡田:「何かやりたい」というモヤモヤを抱えた人は、周りにたくさんいると思うんです。その正体を言語化するために、周りが問いを投げかけ、話を聞いてあげられるかどうか。会社を飛び出さないとできないのか、社内でできる方法はないのか、一緒に模索していくのも、人事やマネジメント側ができる取り組みではないでしょうか。
また、ミッションオリエンテッドな人材をいかに組織内に引き留めるかという視点だけではなく、辞めたあとの貢献指数を図るような指標があってもいいと思います。私自身は2回会社を辞めていますが、お世話になった会社にはものすごく感謝しています。「あの会社、すごくいい会社だよ」と会う人みんなに伝えていて、所属はしていなくても価値貢献はしているつもりです。
安斎:外部パートナーとして事業貢献したり、卒業した人たちのコミュニティからアルムナイ(出戻り)採用につながったりする可能性もありますね。組織の境界線がゆるくなることでミッションオリエンテッドな人材とのかかわり方が広がっていくポテンシャルもあると感じています。
組織の視点では、短期的な評価が重視されがちです。でも、ミッションオリエンテッドな人材を生かすためには、長い目で、個人が抱えるエネルギーがかたちになっていく時間軸も大切に見ていかなければいけません。異なる時間軸の評価基準をどうやって共存させられるかが、これからの組織に必要とされるのかもしれません。
働く人も企業も、お互いに耳を傾けて共感し、良い関係を築くこと。当たり前のことだが、これがWell-beingな働き方を実現するためにとても大切なことだろう。
WORK STYLING
三井不動産が2017年に開始したシェアオフィス、レンタルオフィス。2025年4月時点で契約企業役1,200社、全国約550拠点(提携拠点含む)、会員数は約32万人。旗艦拠点には、コミュニティマネージャーが常駐する。
https://mf.workstyling.jp/community/#kikkake
前半の記事はこちら:ゆるいつながりから変化への勇気が生まれる──。ワークスタイリングがつくる「共感」の力
写真右:あんざい・ゆうき◎MIMIGURI代表取締役Co-CEO、東京大学大学院 情報学環 客員研究員。博士(学際情報学)。人の創造性を活かした新しい組織・キャリア論について探究している。最新刊に『冒険する組織のつくりかた』。
写真中:たに・みなこ◎matoil代表、京セラ経営推進本部本部室Sプロジェクト2課責任者。金沢美術工芸大学卒業後、UI/UXデザインを担当。社内Start Up Programを経て、食物アレルギー対応サービス「matoil」を立ち上げ。
写真左:おかだ・ともひろ◎KAERU代表取締役CEO。東京農工大学修士卒業。LINE Payの事業立ち上げなどに携わった後、2020年10月にお買い物アシスタントアプリ「KAERU」を開発する企業を創業。