その名は「Power Slap(パワースラップ)」。競技は実に単純な「平手打ち我慢合戦」である。
選手たちは交互に平手打ちをし合い、その威力と耐久性を競う。負けるときはたいてい、失神して背中から倒れてノックアウトとなる。なので選手の後ろには「介添人」が2人もつく。
ノックアウトされても、すぐに立ち上がれば試合を続行できるが、レフェリーがこれ以上は危険と判断した時点で、いわゆるKO負けとなる。
ソーシャルメディアの影響か!?
ボクシングに準えてこの競技を解釈する向きもがあるが、それは完全な間違いである。ボクシングでのKOの多くはフックパンチで、特に顎へのフックパンチは、脳を揺らして、一時的な昏睡を引き起こす。マイク・タイソンは頭を振りながら相手に近づいていくが、顎だけは守ろうとする。これは、最低限、脳を揺さぶるパンチだけは防ごうとするからだ。
ボクサーのビリー・ディブやライアン・ガルシアも、パワースラップはスポーツではないと断じており、危険だからと即刻中止を求めている。機会があってボクシング経験者に聞いてみたが、次のような答えが返ってきた。
「ボクシングをやっている人間からすると、この競技は、脳をどれだけ揺らすかの勝負のようですから、大変、危険だと思います。多分、競技者は、何が起きても訴えないという契約書にサインしていると思いますが、そのうち死者などが出ると、当局からストップがかかるのではないでしょうか」
リングや特設ステージで行われるパワースラップの基本ルールは次のようなものだ。
まず2人の選手が対面し、じゃんけんなどで先攻後攻を決め、順番に1回ずつスラップ(平手打ち)を行う。
殴る箇所は相手の頬で、そこを外れると反則となる。制限時間があり、その間に打者は集中力を高めるが、これは観客の高揚を引き出すべく、パフォーマンスの部分が大きいという指摘もある。
そして相手をノックアウトするか、そうでない場合は審査員がポイントで勝敗を決定する。ポイントはスラップの威力や技術、相手の反応などによって評価される。
単なる殴り合いに過ぎないこの「スポーツ」は、ウィキペディアによれば、源流である初期の形態はロシアやポーランドなどの東欧諸国で見られるという。これらの国々で、強さや耐久性を誇示するためのパフォーマンスとして始まったとされている。
しかし、なぜいまになってこのようなメジャーなスポーツとして競われるようになったかというと、その理由はソーシャルメディアにあり、つまり「インスタ映え」やユーチューブ活動のサムネイルに絶妙であったとの見方だ。
ネットを調べればすぐに出てくるが、およそコンピューターグラフィックなしで、人間の顔がここまで一瞬にして歪むのかという画像は、恐ろしく新鮮であり、ショッキングだ。
世の中の格闘技が「リアルマッチ」にどんどん近くなってきたとはいえ、SNSのフォロワー集め、「炎上マーケティング」にはこれ以上の画像はない。
「悪趣味だ」「見苦しい」「くだらない」と一刀両断するアンチも多いが、しかし「騒がせた者勝ち」のSNS社会では勝ち組といえなくもない。
例えば「史上最も過酷なスラップノックアウト」(The Most Brutal SLAP KNOCKOUTS Of All Time)というタイトルのユーチューブ動画は約半年で250万回の視聴を稼いでいる。
そして、この動画を発信しているチャンネル内では、他のどの各種格闘技映像と比べても桁が1つ多い。スポーツとしては、よほど他の競技のほうが質も高く、エンタメ度合いも上であるのに、この平手打ち動画の視聴回数は圧倒的である。