2024年3月末時点で東京大学関連スタートアップの数は577社にのぼり、アントレプレナー教育関連の講座数は60を超える。「30年までに東大関連ベンチャーの数を700社にする」という目標に向けて、日本を代表する高等教育機関はどんな策を打ち出しているのか。東京大学の藤井輝夫総長に話を聞いた。
──東京大学がアントレプレナーシップ教育に力を入れるのはなぜですか。
藤井輝夫(以下、藤井):私は常々、学びと社会を結び直すことが大事だと述べています。学生たちには教室で学ぶだけでなく、キャンパス外での現場経験を通して自分が学んできたことが社会にどう生かせるのか、あるいは何が足りないのかを知ってほしい。その手段のひとつが起業です。アントレプレナーシップ教育では起業への道筋を学ぶことができます。
──22年度の学部入学式の総長式辞で学生に起業を呼びかけ話題になりました。
藤井:社会で見過ごされているアンメットニーズや「ケア」がたくさんあるなかで、知識や人手を皆でもち寄り、社会を良くするために新たな事業を生み出そうと伝えました。
この考え方や姿勢は、渋沢栄一が言っていた合本主義の理念につながります。日本では明治維新の後、志をもつ人たちが実業などを通じて新たな経済や社会の仕組みを構築しました。今の起業の流れは日本に資本主義がもたらされた当時の原点に立ち返る営みでもあります。かねてより自らの手で社会のためになることをしたいと話す東大生が増えていると感じていたこともあり、起業に少しでも関心があれば一歩を踏み出してくださいと呼びかけたのです。
──大学発のスタートアップ・エコシステムを発展させるには何が必要ですか。
藤井:グローバル展開の支援、ディープテック関連の起業支援、そして社会起業家の支援の3つが必要だと考えています。
日本発のユニコーンが生まれにくい理由として、比較的小規模な状態でIPO(新規上場)してしまうことやグロースフェーズでの投資が少ないことなどが挙げられます。これらの課題を乗り越えるために、私はスタートアップのエコシステムを世界につなげていきたいと思っています。
23年5月には米国ケンブリッジ・イノベーション・センターに出向いてピッチイベントを開催してきました。シンガポール政府系VCのVERTEX GroupやTEMASEK Foundationと連携し、アジアにおけるスタートアップ・エコシステムの発展に向けた組織間協力にも取り組んでいます。感染症研究で名高いフランスのパスツール研究所とも連携協力を進めています。同研究所が日本に開設予定「Planetary Health Innovation Center」では、国際共同研究に加えてスタートアップ創出や企業との連携も視野に入れ、アカデミアと産業界とが行き来できる場をつくる予定です(24年5月時点)。これらの取り組みを通じて、エコシステムを世界規模に広げる動きを加速しています。