統合プロセスは「真・善・美」
そして、この「混ぜる」の促進剤が、同社の行動指針「真・善・美」を軸とした買収後の統合プロセスだ。「真」はファクト(事実)の把握を指し、会社ごとに月次決算の数値を公開するほか、前田自ら買収先の全社員と面談を重ねて、ボトムアップ型で改善案が提示される土壌をつくっていく。「投資家へのIR以上に、社内へのIRに力を入れています。買収する会社の多くはトップダウン型の経営で、決算情報の事実が一切知らされていない場合が多い。事実を知ると社員一人一人がよく考えるようになる」
「善」は道徳心のことで、前述のように配置転換や人的交流を促し、グループへの理解を深めることで組織間の不平不満のない職場を目指す。
労働環境の整備を意味する「美」では、工場や事務所への設備投資を行う。品質や生産性の向上に加えて、現場の士気を上げる狙いがある。例えば、自動車ホイールのBBSジャパンは子会社化した13年当時、「下町の鉄工所のような雰囲気」だったが、工場の新設や最新機械の導入など、200億円以上の設備投資を行った結果、売り上げは買収前の約3倍、営業利益は2.7倍に成長した。
「M&Aで連結化して帳簿上の数字をくっつけて終わり、ではダメで、勝手に『混ざる』ことはないんです。買収先と一緒に成長していくには、有機的に混ぜていくことが不可欠」と前田は強調する。
繰り返しM&Aや統合プロセスを行うなかで、業績改善のノウハウを確立してきた前田工繊。27年6月期までの4年間の中期経営計画では、200億円をM&Aに充てる計画だ。今年6月には、三井化学子会社の三井化学産資を約56億円で買収すると発表した。同社の売り上げは90億円で、過去最大規模のM&Aとなる。中期経営計画最終年度の目標である売り上げ700億円の達成に向けて、さらなる弾みをつけていく。
前田尚宏◎1973年生まれ。96年に大阪府立大学経済学部卒業後、帝人に入社。2002年、前田工繊入社。09年、取締役に就任。12年、上智大学大学院地球環境学研究科修士課程修了後、常務に。15年からはCOO兼専務執行役員を務める。18年代表取締役社長就任。