経営・戦略

2024.07.28 08:00

M&Aで売り上げ8倍、極意は「混ぜるイノベーション」

また、コロナ禍では前田工繊の抗菌不織布技術と未来テクノの縫製技術を組み合わせて、避難所用の抗菌不織布性の間仕切りを生み出すなど、開発現場での連携も進む。グループ内すべての開発責任者が集まってアイデアやリソースの共有をする定例会も実施。こうした技術・製造工程・人材のかけ合わせを前田は「混ぜるイノベーション」と呼ぶ。

統合プロセスは「真・善・美」

そして、この「混ぜる」の促進剤が、同社の行動指針「真・善・美」を軸とした買収後の統合プロセスだ。

「真」はファクト(事実)の把握を指し、会社ごとに月次決算の数値を公開するほか、前田自ら買収先の全社員と面談を重ねて、ボトムアップ型で改善案が提示される土壌をつくっていく。「投資家へのIR以上に、社内へのIRに力を入れています。買収する会社の多くはトップダウン型の経営で、決算情報の事実が一切知らされていない場合が多い。事実を知ると社員一人一人がよく考えるようになる」

「善」は道徳心のことで、前述のように配置転換や人的交流を促し、グループへの理解を深めることで組織間の不平不満のない職場を目指す。
 
労働環境の整備を意味する「美」では、工場や事務所への設備投資を行う。品質や生産性の向上に加えて、現場の士気を上げる狙いがある。例えば、自動車ホイールのBBSジャパンは子会社化した13年当時、「下町の鉄工所のような雰囲気」だったが、工場の新設や最新機械の導入など、200億円以上の設備投資を行った結果、売り上げは買収前の約3倍、営業利益は2.7倍に成長した。

「M&Aで連結化して帳簿上の数字をくっつけて終わり、ではダメで、勝手に『混ざる』ことはないんです。買収先と一緒に成長していくには、有機的に混ぜていくことが不可欠」と前田は強調する。

繰り返しM&Aや統合プロセスを行うなかで、業績改善のノウハウを確立してきた前田工繊。27年6月期までの4年間の中期経営計画では、200億円をM&Aに充てる計画だ。今年6月には、三井化学子会社の三井化学産資を約56億円で買収すると発表した。同社の売り上げは90億円で、過去最大規模のM&Aとなる。中期経営計画最終年度の目標である売り上げ700億円の達成に向けて、さらなる弾みをつけていく。



前田尚宏
◎1973年生まれ。96年に大阪府立大学経済学部卒業後、帝人に入社。2002年、前田工繊入社。09年、取締役に就任。12年、上智大学大学院地球環境学研究科修士課程修了後、常務に。15年からはCOO兼専務執行役員を務める。18年代表取締役社長就任。

文=フォーブスジャパン編集部 写真=佐々木 康

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年9月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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