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2024.06.29 09:00

中小企業合弁3社で「脱炭素」に挑む イノベーションを生んだ「磁場」

目指すべき世界は、被災直後の福島の光景を見て以来、いつも頭にあった。「僕にも子どもがいる。次の世代に向け、安心と安全のエネルギー・インフラにするために今できることはこれじゃないかと思った」。もうひとつ、秘めた思いがあった。シリコンバレーでの経験だ。ベンチャー同士が組み、数カ月間で開発した製品を投資家が判断するプログラムを展開する、プラグ・アンド・プレイ。「とても日本の開発スピードでは追いつけない。感動と落胆が入り交じった複雑な思いだった」。脳裏に刻まれた記憶が去来した。

中小企業こそできるイノベーション

「日本の中小企業にもできる、ということを実証したい」

だが、金清と握手を交わして早々、壁にぶつかった。アモルファス合金を打ち抜き加工できる企業が見当たらないのだ。量産化の最低ラインは連続20万回以上の打ち抜き。だが、加工が難しく通常の金型では数百回程度が限界だった。夢の事業は暗礁に乗り上げた。

ブレイクスルーは半年後の2021年11月、ふいに訪れる。「尖った中小企業同士の交流会」で催した工場見学ツアーでのこと。小松精機工作所(長野県諏訪市)の小松隆史と偶然、休憩所で一緒になり、何気なく問いかけた。

「アモルファス合金の打ち抜き加工ができる人を探しているんですけど、見つからないんです。誰か知りませんか」

小松の返答に耳を疑った。「ウチできるよ」。聞けば、小松精機工作所は大手自動車メーカーの依頼で5年間、アモルファス合金の打ち抜き加工の研究に取り組み、技術を確立したが、コロナ禍で中止された状況だという。千載一遇の出会いだった。半年後には、磁性材料開発を手がけるビザイム、精密プレス部品製造の小松精機工作所、装置の設計開発を担うヒルトップの3社合弁のベンチャー、NCTが設立された。今年1月には、佐賀県伊万里市と進出協定を結び、近く着工する新工場で2025年をめどに次世代モーターに向けてアモルファス積層コアを量産化する。

同時に、保有する20件余の特許をベースにオープンイノベーションでのライセンスビジネスを構想する。日本の主要自動車メーカーをはじめ、米国の電気自動車メーカーや韓国の大手電子機器メーカーなど世界的な企業から引き合いがあり、試作段階に進んでいるケースも複数ある。

異例の合弁は、いくつかの偶然が重なってのことだが、同時にそれは「尖った中小企業」のネットワークという磁場で起きた必然でもある、と山本は考える。

「大企業はマーケットのないところには手を出さない。でも、世の中を変えるようなイノベーションは、市場がないところから始まる。事業性ではなく、発想や感性のレベルでわかり合える関係が重要。尖った技術をもつ中小企業連合こそ出番ではないか」

新会社のかじ取りは最も若い山本に託された。目指すのは、最初の金清との話し合いのなかで出た「直流社会」。発送電、機器すべてを直流で一貫して変換ロスを極小化、再生エネルギーの地産地消だけですべての電力をまかなえる社会だ。「自分たちの試みが、日本の中小企業がグローバルで戦うベンチマークになればいい。技術を自前で囲い込もうとは思っていません。ヒルトップと同様に、ノウハウをオープンにして日本のものづくりを底上げしたい」。


やまもと・ゆうき◎2006年ヒルトップに入社。13年、米国法人HILLTOP Technology Laboratory, Inc.を設立。21年グループ会社ThinkRを設立し、クラウドエンジニアリングサービスCOMlogiQを開始。22年、ヒルトップ代表取締役に就任。同年、ネクストコアテクノロジーズを設立。

文=秦 融 写真=ヤン・ブース

この記事は 「Forbes JAPAN 2024年8月号」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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