急進するルール整備
インキュベイトファンド代表パートナーの村田祐介は、「VC産業は極めて発展途上な段階」としつつも、「スタートアップ育成5カ年計画に伴い、民間と国が一体となったルールづくりが進んでおり、エコシステムの大きな拡張期に突入している」と話す。例えば23年12月には、LPS(投資事業有限責任組合)会計規則で、未上場株式の公正価値評価(時価評価)を原則とする方針が示されるなど、業界にとって積年の課題だった公正価値評価を浸透させる動きが加速。また24年2月には、金融庁の金融審議会の方針を受けて、これまで事実上制限されていた公募投資信託で、純資産総額の15%までを上限に非上場株式を組み込めるよう投資信託協会が自主ルールを改正した。野村アセットマネジメントが非上場株を組み入れた公募投資信託の開発でジャフコグループと協業を開始するなど、すでに具体的な動きが顕在化している。
さらに、金融庁は非上場株を自由に売り買いできるセカンダリー(流通)市場を創設させる方針も明らかにしている。日本のスタートアップはこれまでプライマリー(発行)市場に偏重しており、セカンダリー市場は実質的に存在していなかった。一方、海外では過去10年間で右肩上がりに伸びており、22年のグローバルのPE・VCの非上場株のセカンダリー市場規模(年間取引量)は1080億ドル(金融庁調べ)に膨らんでいる。「セカンダリー市場ができると、早期に上場して換金したいという起業家や投資家のインセンティブをいい意味で緩和させられる。ユニコーン止まりではなく、メガIPOをやろうという流れをつくりやすく、業界としても大きな意味がある」と村田は強調する。
足元の株式市場は、米国のインフレ懸念停滞に伴う利下げ観測の強まりから、米S&P、ナスダック、日経平均株価ともに過去最高値を更新するなど過熱している。ここ2年、停滞気味だったIPOマーケットは復調する公算が高い。日本でも大型のIPOを延期していたスタートアップが腰を上げれば、VC側のリターン回収と新たなファンドレイジングにつながり、資金調達総額も一気に反転する可能性がある。
ANRIの佐俣は、「VC産業として、この先の世の中に何を生み出していくのかをより深く考えていくべきタイミングではないか」と話す。「私たちは、メッセンジャーRNAワクチンをつくったわけでもなく、画期的な防衛ドローンを生み出したわけでもなく、エネルギー革命を起こしたわけでもない。この10年間で人類の歩みを前進させるような結果を出せていないことは、反省すべき点でもあるだろう。キャピタルゲインの創出はもちろん大事だが、いくら富を生んだかということ以上に、社会をより良くするために何ができるのかを突き詰めていきたい」。新たなステージに突入したVC産業、ひいてはスタートアップ・エコシステムのさらなる発展が期待される。