1960年代、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団など海外オーケストラの来日公演時に、フルートを手に治は、楽屋や演奏者の宿泊先を訪ね、使ってほしいと頼み込んだ。手にしたプロの奏者の意見を取り入れて改良を重ね、評価を高めていった。職人たちは来日公演に出向き、時には海外の演奏会に足を運んで研究し、ソリストたちのオーダーに応えた。今日ではウィーン・フィル、パリ管弦楽団、NHK交響楽団などの名立たるオーケストラの首席奏者らが愛用。著名なフルーティストの奏でる響きに魅せられて「MURAMATSU」ブランドは、フルート愛好者の憧れとなった。
オーダー品は約2年待ち
プロがオーダーするフルートも店頭販売品も製作の工程は変わらない。価格は材質の違いが大きく、洋銀(銅とニッケルの合金)製の20万円台から24金製の1500万円台まで。販売数は国内が4割、海外が6割で、世界約40カ国で販売されており、オーダー品は約2年待ちの状況だ。年間の生産数は約5200本。この30年余りほぼ変わらないという。フルートの国内生産数は推計で年間3万本ほど。世界でみると10万~20万本とみられ、同社のシェアは決して高くない。
「生産数を6000本、7000本に増やしてしまうと何かを失ってしまう」と村松。職人のものづくりへのこだわりと高度な品質を担保するレベル。それが5200本だという。
社長に就いたのは2006年。余命を告げられた父・治の後を継いだ。それまでは大手企業の基幹システムを構築するエンジニアとして9年間、IT企業に勤めた。従業員の顔も名前もほとんどわからない状態で家業に入った。「だから製作の現場には必要最低限しか口を出しません。現場は良いものをつくる。私は会社を潰さないように経営する。ただし、雇用に関しては、どんな職人であっても、定年や再雇用を終える年になったら社内規則通りに退職して、若い人に道を譲ってほしいと話しました」
それから18年。現在の製造技術職の平均年齢は35歳に若返った。職人を志す若者が、次の100年の「MURAMATSU」の音色を生み出している。
村松明夫◎1974年、東京都生まれ。大学卒業後、IT企業に入社し、システムエンジニアとして9年間従事。2006年、村松フルート製作所に入社し、4代目として代表取締役社長に就任。23年、同社は創業100周年を迎え、従業員は100人規模に。総銀製、金製を含むハンドメイドのフルートの製作本数は10万本を達成した。