教育

2024.02.10

宮﨑駿が語った『いやいやえん』との若き日の出会い、スタジオジブリの保育所

『いやいやえん』(中川李枝子著、子どもの本研究会編、大村百合子絵、1962年、福音館書店刊)

午後11時5分から翌日午前5時まで(ラジオ第1放送の場合。ただし大晦日のみ時間変更)毎日、夜通しで放送されるNHKの長寿番組「ラジオ深夜便」は、毎晩200万人もが聴いているとも言われる密かな超人気番組である。

そのリスナーはシニア層だけかと思われがちだが、実は月に1回(毎月第4木曜)、子育て中の父母を応援する「みんなの子育て☆深夜便」が放送されていることを知らない人は多いかもしれない。

本稿では、当番組内で行われたインタビューの一部を紹介する(インタビューは、本番組企画者で番組アンカーでもあるNHKアナウンサー村上里和氏が行った)。

実にシリーズ累計発行部数2630万部(2018年3月時点)ともいわれるあの『ぐりとぐら』の生みの親、中川李枝子氏と、学生時代に中川氏の『いやいやえん』から大きな衝撃を受けたというアニメーション映画監督 宮﨑駿氏とが語り合った「子どもの遊び」とは、そして2人にとっての「子どもたち」とは──。

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※本稿は、村上里和[編]『NHKラジオ「みんなの子育て☆深夜便」 子育ての不安が消える魔法のことば』(青春出版社)の一部を再編集したものである。


宮﨑駿が『いやいやえん』から受けた衝撃


村上里和(以下、村上):宮﨑さんと中川さんの出会いは、どういうものだったのでしょうか?

宮﨑駿(以下、宮﨑):学生の頃です。僕が学生だったのは60年代の頭の頃ですからね、その頃ですね、『いやいやえん』が出たのは。これは驚天動地というか、今でもそう思いますけど、本当に素晴らしいものが出たと思いましたね。

村上:どんなところに、そんなに感動されたんですか?

宮﨑:だって保育園の中に海ができて……海ができてじゃないですよ、海になってて、くじらが泳いでるっていうね(※『いやいやえん』収録の短編「くじらとり」)。

まったくそれがスムーズにつながっていくんですよ。理屈で考えていくと、異世界でつながったんだとか、いろんな仕組みを考えないといけないっていうふうに思うんだけど、中川さんの手にかかると、突然ちゃんと海になっちゃうんです。

子どもたちの遊びから生まれた名作


村上:1962年に『いやいやえん』が出版され、これが中川さんのデビュー作でした。その頃中川さんは保育園にお勤めで、宮﨑さんは大学生だったんですね。

宮﨑:学生でした。児童文学研究会っていって5~6人集まってたんだけど、何も研究しないでデモばっかり行ってるとか、そんなことばかりやってました。でも、これはとんでもない本が出たと本当に思ったものです。小さい子どもの世界はね、こうなんだろうと思った。

中川李枝子(以下、中川) :「くじらとり」はね、子どもたちがいっつもやってた遊びなんですよ。子どもたちはニュースを結構見てるんです。南極から帰ってきた人たちが花束をもらうっていうシーンが、子どもにとってなんか面白かったらしいんですよね。その遊びを私はいつも見てたんですけど、私も同人誌なんかに入ったもんで、作品を1つ書かなきゃならなくて困っちゃって。

で、子どもたちが退屈してる日があるんですよ、なんにもやる気がしなくて。何かあったら、一発ケンカしようかっていう不穏な日が! ぐでぐでしてるんです。そのときにね、「あ、そうだ。今日はみんなでお話づくりしない?」って言ったら、乗ってきたの。それが「くじらとり」の話になったの。

子どもは実は物置が好き


宮﨑:やっぱり中川さんの「くじらとり」が最高なんです。実は妹さん(※中川さんの実妹、大村百合子さん)の描いた挿絵もね、これもまた本当にいいんですよ。特に叱られて物置に入れられている、主人公のしげるの絵が、僕、大好きで! 

この保育園(※スタジオジブリ保育園「3匹の熊の家」。企業保育所のため、一般の方の入園は不可)で叱られて物置に入れられている子はいないんですけどね。

中川さんたちは入れてたんですか?

中川:あのね、別に物置っていうほどの部屋じゃないんですけどね。いろんなお道具を入れたりする物置っぽいお部屋が1つあって。節穴だらけで、節穴からホールが見えるんですけどね。

一応「そこに入って考えなさい」って。そうすると「イヤだイヤだ」って言うの、みんな。

ところがあとで大人になってうちに来たとき白状したんですけど、「先生、実はね。あれ入るの嬉しかったんだ」って。「でも嬉しがっちゃ先生に悪いから、イヤだっていうふりしたんだ」って。

宮﨑:ははははは。

中川:いや、悪かったな~って。

「3匹の熊の家」、スタジオジブリの母スタッフのために


村上:宮﨑さんがつくられた「3匹の熊の家」という保育園ですが、どうしてつくろうっていうふうに思われたんですか?

宮﨑:まわりに保育園の問題でどうしようかと思ってるお母さんたちがずいぶんいた時期なんです。今は何かしらどこかに入れるんですけど、当時は、そばに子どもたちがいたらどんなにお母さんたちがホッとするだろうと思って、それだけのことです。

あと、保育園っていうのをつくってみたかったんです。狭いんですよね、狭いんですけどつくってみたかった。

建物を見ていただくとわかるんですけど、縁側があって高いんですよ。沓脱石が置いてあるんです。それ、石なんですよ。子どもが縁側に立ってるのをこっちから見てると、ドキドキするような風景です。そこのすぐ下が石ですから。落っこったりするんですよ。あっという間によじ登って戻ってきますけどね。すごいですね。

なぜ石かってね、コンクリートは子どもが触れるところには使わないって決めたんです。コンクリートはもちろん使ってますけど、じかに触れるところにはコンクリートは使わない。自然の石を置くって。子どもたちは石と馴染みがものすごくいいです。でこぼこの石の上を平気で裸足で走り回ってます。

子どもは「むっくり起き上がって、ちゃんと下りてくる」


宮﨑:で、庭の真ん中に石の階段をつくったんですね。建物がちょっと高いもんですから。怖いですよね、下りてくるのを見ると。

村上:いつ転ぶかドキドキする光景ですね。

宮﨑:転ぶんですよ(笑)。またむっくり起き上がって、ちゃんと下りてきます。自分でちゃんと下り切ったときにね、誰も見てないんだけど、すごく誇らし気な顔になります。それは中川さん、わかっていただけると思うんですけど。

中川:すごい度胸。

宮﨑:これは我慢して見てなきゃいけない。飛んで行かない、すぐには。

中川:えらい!

日本一の保育士と、隣の「変なじじぃ」

村上 :そうやって子どもを観察しながら過ごす時間っていうのは、宮﨑さんの仕事にどんな影響を与えていますか?

宮﨑:いや、僕はね、そういうふうに思ったことはないですね。要するに、子どもを面白がらせる、楽しませるってことは、面白いことですから。

だから、それはチャンスがあったらやるけど、それにずっと張り付いてはいられない。だって中川さん、保母さんだったから。

中川:私は日本一の保育士を目指したの。日本一の保育園。子だくさんの家の子ども部屋っていうのをつくる。おかしいでしょ。

宮﨑:僕は、隣の変な怪人、じじいになりたいって思ってる。

村上:お2人の想像力がすごすぎます。



※以上のインタビューは『村上里和[編]『NHKラジオ「みんなの子育て☆深夜便」 子育ての不安が消える魔法のことば』(青春出版社)に含まれているものである。

村上里和[編]『NHKラジオ「みんなの子育て☆深夜便」 子育ての不安が消える魔法のことば』(青春出版社)


村上里和[編]『NHKラジオ「みんなの子育て☆深夜便」 子育ての不安が消える魔法のことば』(青春出版社)


村上里和(むらかみ・さとわ)◎NHKアナウンサー、「ラジオ深夜便」アンカー。「みんなの子育て☆深夜便」(毎月第4木曜日)を立ち上げ、アンカー・制作を担当。津田塾大学卒業後、1989年NHK入局。ニュースや生活情報番組のキャスターやリポーターのほか、ナレーションや朗読番組も数多く担当。絵本や児童文学への情熱が高まり、2020年に「絵本専門士」の資格を取得、子どもの本についての学びを続ける。現在、放送大学大学院・文化科学研究科修士課程に在籍中。共著書に『子どもを夢中にさせる魔法の朗読法』(日東書院本社)がある。

『NHKラジオ「みんなの子育て☆深夜便」 子育ての不安が消える魔法のことば』(青春出版社)より) 再編集=石井節子

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