熟練の技術があるからこそ見つけられる「バグ」。しかし、ひとりで気づける「バグ」だけでもない。チーム、他者の視点が、受け継がれてきた名品を未来へつなぐ。サントリーの5代目チーフブレンダーが見つけた「バグ」との付き合い方とは?
「チーフブレンダーって、味覚をキープするために昼食は毎日天ぷらそばを食べるらしいですよ」
サントリーに勤める友人から聞いた一言に興味をそそられた。長期の樽熟成で深い味わいを引き出すウイスキー。先人たちが仕込んできたものを現在、未来へとつないでいく悠久のドラマのなかに、「天ぷらそば」というひとさじの現実が紛れ込んだ感じが面白くて、妙に惹かれてしまったのだ。
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サントリーの5代目チーフブレンダー・福與伸二さんの朝は早い。
「テイスティングの時に感覚が鈍らないよう、体調管理が大切です。私は出張が多いので、出張の日だけ早起きをして生活のリズムが乱れることがないよう、毎朝4時に起きています」
ブレンダーの仕事は、いわば「設計士」のようなもの。さまざまな味や香りの原酒を組み合わせてレシピを決めたり、熟成期間の短い製品から、長いものでは21年ものなど、熟成期間の異なるウイスキーづくりを見据えながら、原酒の仕込みや在 庫の管理を行う。多い日には一日300樽をチェックするという。
「テイスティング台の前に立ち、ひとたびグラスを持つと、スイッチがスッと入ります」
味や香り、舌触りや余韻にまで全神経をとがらせ、原酒のなかの「バグ」に 耳を澄ます。あらかじめ頭にイメージしたものとのわずかな差分を拾い上げ、「もっと寝かせよう」「ブレンドのやり方を変えよう」などと日々、計画の変更を行う。この積み重ねが10年、20年、ひいては100年後の信頼につながっていくのだ。
科学的な分析に基づいて成分の計算や配合をすることはほぼしない。「人間がやったほうがはるかに早くて正確だから。計算や理屈でやると、見落としが生まれるんですよね」 五感を磨き、道を極める匠。しかし決して孤高の存在ではない。「あれ?」という瞬時の違和感を確信に変え、楽しみをもたらしてくれるのが同僚の存在だという。
テイスティングの最中、想定よりよい状態で熟成されていた樽に出合うと、「思ったよりいいじゃん」「確かにいい!」と喜びを分かち合う。「人間誰しも思い込みや先入 観がありますが、それをほどいてくれるのが仲間。コミュニケーションを取れば取るほどウイスキーの味や香りの感じ方の種類が増え、結果的によりよい商品を届けられると思うんです」
歴史をつなぐ責任を背負うチーフブレンダーの周りには、変化の兆しを気づかせてくれる他者の存在があった。自分ひとりでは見えない世界があることも、匠の仕事論が教えてくれた。
福與伸二◎サントリー5代目チーフブレンダー。1984年、サントリー入社。モリソンボウモアディスティラーズ(グラスゴー)への出向勤務などを経て、2009年よりブレンダー室長となり現職。山崎の各種限定シリーズをはじめ、数多くのサントリーウィスキーを手がけている。