この戦略は持続可能な食料システムの構築に向けて、調達から生産、加工・流通、消費の各段階における取り組みと、カーボンニュートラル等の環境負荷を低減するイノベーションを推進していくものだ。
その大きな鍵となるのが、環境負荷を減らした栽培方法で生産される農産物の生産・消費をいかに伸ばしていくかであり、そこにはつくる側の努力とともに、食べる側のサステナブルな食に対する理解と行動が欠かせない。獨協大学経済学部の高安健一ゼミナール(以下、高安ゼミ)のゼミ生5人が、食のサステナビリティ向上に向けて具体的な取り組みを実践した。食品のサプライチェーンの中でも“生産”に着目、流通にのらなかった野菜に「多様性野菜」という価値を与え、地元生産者と小売店や飲食店をつないだのだ。
彼女らはどのような活動を展開し、どのような課題が浮き彫りになったのか。「未来につなぐサステナブルな食」のあり方について聞いた。
学生主導で取り組み「多様性野菜レスキュー隊」を結成
日本国内では毎年、年間約600万tもの食品が廃棄されている。普段あまり意識されることなく、気づかれぬまま深刻化するフードロス問題の課題解決に興味をもったのが、高安ゼミ12期生の5人だ。
当ゼミはもともとSDGs関連の実践的プロジェクト型課題解決学習(PBL)を実施しており、学生主体でさまざまなプロジェクトを展開しているのが特徴である。17名の同期の中でフードロスをテーマに自発的に集まった5人が、持続可能な食のあり方を模索するなか、食品流通や加工段階ではなく農地での“廃棄”に着目したという。その理由を、プロジェクトリーダーである君塚愛友は次のように語る。
「チーム結成は2021年2月、私たちが大学2年生の時です。コロナ禍でフードロス問題が報道されており、これに関心を持ち、調べてわかったのが、国内で生産される農作物の年間収穫量と出荷量の差が約184万t(自家消費分も含む)もあるということ※1。年間約600万tといわれるフードロス※2には、農地での廃棄が含まれておらず、畑の段階で相当量のロスが生じている可能性があります。そこで大学のある埼玉県草加市の地元農家を巡って現状を尋ねることから始めていきました」
※1 ▶︎農林水産省「作物統計調査 作況調査(野菜)」(2018)
※2 日本国内では毎年、年間約600万tもの食品が廃棄されている。▶︎農林水産省「食品ロス量の推移」(2018)
プロジェクトリーダーとしてチームを取りまとめ、メディア対応も担当した君塚愛友
草加市が地元という大森史菜が続いた。
「市内は住宅地と農地が混在する都市農業が広がっていて、農作物の直売所も1日で数軒は回れるほど点在しています。都市部でも比較的生産者と消費者の距離が近かったのも注目した理由の一つです。実際に話を伺うと、出荷団体等によって農作物ごとに出荷上の規格があり、それをクリアしないと市場に流通できず廃棄せざるを得ないこと、見た目の悪さから消費者からも選ばれないという現状がありました」
だが形が多少悪くても、味は遜色なく美味しい。人の多様性を認め合う時代にあって、野菜も見た目で判断しない新たな価値基準をつくりたいと、5人はそうした野菜を『多様性野菜』と名付けた。
「多様性野菜の価値、美味しさを広く世の中に伝えていくというプロジェクトの方向性が定まりました」と君塚が語ると、他3人も大きく頷く。
「多様性野菜」のネーミング候補は20個近くあり、ホワイトボードに書き出しては意見を交わしたという。この「アイデアを書き出す」「意見を交わす」は、その後も意見が割れた時や日々のTo Doリスト作成時にも取り入れ、プロジェクトの円滑な進行に役立てた。チーム名「多様性野菜レスキュー隊」もそうして決まったという。
多様性野菜の販路を開拓し、SNSで広くアピール
地元農家10カ所を取材すると、多様性野菜に理解を示す所が多く、「買ってくれるなら売りたい」という思いが共通してあったという。だが、なかには多様性野菜の流通に難色を示す農家もあったと城戸梨帆は振り返る。
「ある大規模農家は、多様性野菜が広まることで、規格をクリアした正規の野菜の価値が下がってしまうこと、また、正規の野菜でさえ売れ残りがあるなか、多様性野菜に“安い”以外の付加価値をつけるのは難しいという意見をいただきました」
出荷基準を設けることで、市場における農作物の質の均等化や流通の合理化等メリットはある。本ゼミ生の取り組みでは、このような農家へのジレンマに対し、これまで流通に乗らなかった規格外野菜を市場に出すことで、食品廃棄のみならず、廃棄するときのコストや温室効果ガスの発生も減らせるという、安さでは測れない価値に着目することにした。
動画の編集とSNSへのアップを担当した城戸梨帆
新型コロナウイルス感染拡大による影響は深刻で、飲食店への出荷が減り、農作物の廃棄量は拡大していた。そこで、生産者と飲食店を多様性野菜でつなぐことで多様性野菜の新たな販路を生み出せないかと、両者のコラボイベントのアイデアがチーム内で出てきた。
「消費者に多様性野菜の魅力を知ってもらうには、実際に食べてもらって美味しさを実感してもらうのが先決だと思いました。コロナ禍ということもあり、私たちの活動もSNS中心だったので、逆にSNSを最大限活用して、地元で人気のカフェやレストランで、それもSNSの発信力があるお店をリサーチ。うち市内5店舗に多様性野菜を使ったコラボメニューの開発と、1カ月間にわたるメニュー販売の協力を仰いだところ、どこも前向きに協力してくださいました」と鈴木結は笑顔を浮かべる。
彼女らの熱意に打たれ、全面協力する農家も現れた。それが「小林グリーンファーム」で、栽培時期や生産量から多様性野菜としてカボチャと長ネギの2品計82kgを提供してくれたという。野菜はレスキュー隊が協力店舗に届け、店にはメインディッシュ、サイドメニュー、スイーツなど自由に使ってもらうことで、個性あふれるコラボメニューが生まれていった。
さらにコラボ店舗をはじめ、草加市内で多様性野菜を扱う店がひと目でわかるイラストMAPを作成し、市内のJAや大学キャンパス内、市内飲食店に配布。YouTube、Instagram、TikTokなどSNSを駆使し、画像や動画、文章で多様性野菜について広く発信してイベントを盛り上げた。
結果、1カ月間のコラボイベントで全飲食店の総販売個数は1672食、総売上約62万円を叩き出す。イベントは大成功を収め、テレビや新聞、ラジオなどのメディアでも取り上げられた。
多様性野菜の普及は「認知」と「地産地消」が鍵
コラボイベントを通して生産者、飲食店、小売店、消費者に多様性野菜に関するアンケート調査を実施し、11月には小冊子「多様性野菜〜食品ロス削減を目指して〜」を作成。プロジェクトの成果発表の場として、21年12月7〜9日の3日間、東京ビッグサイト開催の環境総合展「エコプロ2021」への出展も果たした。
自分たちで作成した小冊子、コラボイベントでのメニュー表
「エコプロは、いわばプロジェクトの最終ゴール。多様性野菜には多くの農業関係者が関心を寄せてくれたことが嬉しかったですが、同時に来場した小中学生の多くが生産段階で野菜が廃棄されていることを知らなかったことが衝撃でした」(大森)。
君塚も「子どもたちもそうですが私たちの親世代も知らない人が多く、私を含めた一人暮らしの若い世代はあまり自炊をしない傾向で、そもそも野菜の調理法がわからないという現状があります」と語ったうえで、今回の取り組みを通してサプライチェーンごとに課題が浮き彫りになったという。
「流通にのせるには一定の安定した収量が必要ですが、多様性野菜を生産する小規模農家では、これが困難です。一方、市外、県外の大規模農家まで流通をのばすと、運送コストもかかります」(大森)
Instagramを中心にSNSを活用したPR活動を担当した大森史菜
「コラボ飲食店へは私たちが車で野菜を運んだのですが、形がバラバラだと箱詰めをするのもひと苦労で、解決策は簡単ではないことを痛感しました」(君塚)。
体験したからこそ、野菜の出荷時の厳しい規制にも理解を示し、多様性野菜に対しても「傷みやすい」と冷静に受け止める。だからこそ「まずは知ってもらうことから」と城戸は言及し、「コラボ飲食店の協力を得て多様性野菜のレシピをSNSで紹介しました。それをきっかけに作ってくれた人は多く、調理法やレシピ提供の必要性を強く感じました」と語る。
鈴木も「野菜選びに『見た目』だけではなく『美味しさ』や『鮮度』、『作られ方』といった新たな価値基準を設け、その情報を伝えることで消費者の選択肢が広がればとも思います。全ての地域ができるわけではありませんが、地産地消も課題解決の糸口になりそうです」と続けた。
プロジェクトの書記係として活動記録をまとめ続けた鈴木結
世界のトレンド「環境」に一人ひとりがコミット
多様性野菜レスキュー隊の取り組みは、「見た目」ではなく「サステナビリティ」重視の視点に立ち、SDGsにおける12番目の「つくる責任 使う責任」、17番目の「パートナーシップで目標を達成しよう」のゴール達成への第一歩として大きな成果を挙げたといえる。
世界に目を向ければ、2014年、EUは食品廃棄削減に向けた規制を強める方針を決定、これに呼応した、フランスの大手スーパーマーケットチェーン「Intermarché」をはじめとした欧州のスーパーで、「Inglorious fruits and vegetables(厄介な果物と野菜)」や「ugly vegetables」の取り組みが行われるなど、「見た目重視より持続性重視」は大きな時代の流れとなりつつある。
多様性野菜レスキュー隊メンバーらも、日本ではまだ「フードロス、規格に合わない野菜の認知度の低さ」「見た目重視の購入」などの消費者レベルの課題はいろいろあると指摘しつつ、サステナブルなライフスタイルのあり方として、君塚が代表してこう結んだ。
「まずは買ってきた野菜を使い切る、食べられる分量を作ったり、生産方法を見て購入したりして、料理を残さず食べる。そういう基本的なことを家族や友人など身近なところから広めてほしいですし、私たちも個々に引き続き広めていきたいです」
今や環境に配慮した取り組みは世界トレンド。日本でも “ユニークな野菜”が消費者の元に届きやすくなる、新たな価値や仕組みを模索する動きはある。いつも通り“買う”ことがそのまま二酸化炭素排出量の抑制や環境に寄与する、そんなサプライチェーンが望まれる。
そのような持続可能なサプライチェーン構築に向けて、取り組みを進めているのが、「あふの環(わ)2030プロジェクト〜食と農林水産業のサステナビリティを考える〜」という、企業や団体等の関係者が持続可能な生産・消費を広めるための活動を推進するプロジェクトであり、高安ゼミもプロジェクトの一員である。今後、こうした関係者の活動に加え、環境負荷低減の取り組みを「見える化」して商品に表示され、積極的に選択されるなど、食を通じてサステナブルな社会が実現していくことに期待したい。
農林水産省「みどりの食料システム戦略」
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/
鈴木結(すずき・ゆい)◎経済学部国際環境経済学科。週3〜5日2時間、夏休み返上で進めたプロジェクトの書記係として活動記録をまとめる。
君塚愛友(きみづか・あゆ)◎経済学部国際環境経済学科。プロジェクトリーダーとしてチームを取りまとめ、メディア対応や「草加市内の多様性野菜MAP」制作やイラストを主に担当。
城戸梨帆(きど・りほ)◎経済学部経済学科。プロジェクト関連の動画編集を担当。YouTubeやTikTokにショート動画をアップし、活動をPR。
大森史菜(おおもり・ふみな)◎経済学部経済学科。プロジェクトの画像や文章をInstagramにアップするなどSNSを活用したPR活動を担当。
長谷川そら(はせがわ・そら)◎経済学部国際環境経済学科。プロジェクトの会計を担当。「草加市内の多様性野菜MAP」を主に制作。