制憲議会がまとめた憲法草案は11章388条からなり、現行憲法を根本的に改めるものになっている。あまりに急進的な内容を含むため、英誌エコノミストに「財政に無責任な左翼の欲しいものリスト」とやゆされたほどだ。
チリは天然資源が豊富で、とくに銅は長年、生産量、輸出量ともに世界一を誇ってきた。超伝導性の金属である銅は、電気をつくったり使ったり、送ったりするほとんどの製品に欠かせない原材料だ。チリの2021年の銅生産量は2位のペルーの2.5倍に達する。
また、チリとボリビア、アルゼンチンにまたがる「リチウムトライアングル」と呼ばれる塩湖地帯は、塩水から取り出すものでは世界最大のリチウム生産地だ。リチウムを原料とするリチウムイオン電池は、さまざまな電子機器やEVなどに搭載されているほか、風力発電や太陽光発電の蓄電にも用いられている。
欧米などが進める再生可能エネルギーやEVの普及政策を追い風に、これらふたつの鉱物の需要は爆発的に増えると予想されている。S&Pグローバルによれば銅の需要は2035年には現在の少なくとも2倍に増え、リチウムのほうは国際エネルギー機関(IEA)の予測で2040年に4000%増になると見込まれている。
だが、今回の国民投票の結果しだいでは、こうしたエネルギーの行く末も不透明になりかねない。
チリでの銅採掘やリチウム採取との関連でとくに注目されるのは、草案の第145条で「国は、国土に存在するすべての鉱山、金属ならびに非金属の鉱物、および化石物質ならびに炭化水素の鉱床に対して、絶対的、排他的、不可譲かつ不可侵の支配権を有する」(第1項)、「これらの物質の探査、採掘および使用は、その有限性、再生不可能性、世代を超えた公益、および環境保護を考慮した規制を受けるものとする」(第2項)と定められている点だ。
制憲議会では、採鉱産業の国有化を明記するかについても議論されたが、最終的にこの案は退けられた。それでも第145条の規定やその他の条文は、ガブリエル・ボリッチ大統領の主導による事実上の国有化を促進するねらいがあるのではないかと懸念する見方もある。左派のボリッチはかねて鉱物資源の国有化を訴えてきた。
チリの現行法でも、地下の鉱物資源はすべて政府が所有するとされているが、アウグスト・ピノチェト政権時代にリオ・ティントやBHPなどの資源大手や、チリの国有企業コデルコに与えられた利権に基づいて、採掘や採取が行われている。
仮にチリの採鉱産業が完全に国有化されることになれば、混乱が生じるのは必至だ。世界のエネルギー転換に必要な需要を満たしていけるよう、チリが銅やリチウムの生産量を増やしていくことにも支障が出るに違いない。
最近の世論調査によると、草案の承認は国民投票で否決される公算が大きい。ただ近年、米国や英国をはじめ各国でみられてきたように、世論調査の結果は当てにならないので、安心するのは禁物だろう。
(forbes.com 原文)