現在、スタートアップ向けの業務効率化プラットフォーム『smartround』を展開するスマートラウンドで執行役員COOを務める冨田阿里が、スタートアップの世界に飛び込んだのはそんな動機からだった。
人材サービスの仕事でスタートアップの魅力に惹かれ、Salesforceに入社したのも、いずれはスタートアップの世界に入るための学びの場だったというから、その「スタートアップ愛」は本物だ。
「日本からユニコーンが生まれ続けるために何をすべきか」を考え続けてきたという冨田。その原動力はどこにあるのか。
スタートアップが大好き。役に立ちたい一心でスマートラウンドへ
スタートアップへの転職は、すごく特別な人、できる人が行くイメージがあるかもしれませんが、私は本当に普通の人間です。
『ONE PIECE』に憧れて船乗りになりたいと思い、大学は神戸大学海事科学部へ。結局、船乗りにはならずに新卒で人材サービスのインテリジェンス(現・パーソルホールディングス)に入り、そこで大阪のITと製造業のお客様を担当する法人営業チームに配属になりました。100社ほどのお客様を担当しましたが、そのなかに数社あったIT系のスタートアップの方々が本当に魅力的で、スタートアップの世界が大好きになりました。世の中に新しい価値を生み出す人間になりたい。そう思ったことが、私の原点です。
その後、Salesforce社を経て、2019年8月にスマートラウンドに参画するのですが、最初の転職時にもスタートアップや起業を考えていました。面接では「Salesforceの仕組化した組織、営業を学びたいから入社したい。いずれスタートアップに還元したい」ということも正直に伝えました。面接官だった元上司は「それでも結果を出せるなら構わない」と、採用してくれました。
Salesforce社には3年強いて、たくさんのことを学びました。社内の方の協力を得て部署を立ち上げ、スタートアップ支援の仕事ができました。インテリジェンス時代を含めて、たくさんの経営者や起業家、投資家の方々と出会い、「一緒に働かないか」といったオファーも、気が付けば100社くらいからいただいていました。
スマートラウンドにジョインしたのは、元から知り合いだった代表の砂川から声をかけてもらったことがきっかけでした。スタートアップが大好きで、何らかの形でスタートアップに関わる仕事をしたいという思いは、ずっと変わりませんでした。
スマートラウンドを選んだのは、仕組化、SaaSという私の好きな領域で、多くのスタートアップを支援できるから。少し前までは起業したい気持ちもありましたが、目の前にまさに私のやりたいことがあるなら、一緒にやったほうが大きな成果が出る。起業はあくまでも手段の一つでしかない。そう思いました。
責任感の大きさ、スピード感、本質的な行動が評価されるのがスタートアップの醍醐味
入社すると、もっと早くに来ればよかったと思いました。誘ってくれた砂川に心から感謝しています。数字に表せないほど満足度は大きく、いいことしかありません。
スタートアップに入って最も意識が変わるのは、自身の責任感です。人は、責任の重さでできるようになることが増え、成長率も変わると身をもって感じました。
責任感とは、例えば「自分がいなくなったら、組織やサービスが止まってしまう」という切実な感覚です。Salesforce社は、私が生きようが死のうが関係なく、株価は上がるし、プロダクト成長も止まらないでしょう。しかし、スマートラウンドは、そうではない。
「スタートアップのバックオフィス関連の様々な課題の解決を、私がいなくなったら誰がやるのか」と、一社内の話ではなく、スタートアップ全体への責任感を覚えるほどです。
プロダクトを自らつくる楽しさも格別です。大企業では、お客様から声をいただいても、一営業担当がサービスを変えることはほぼ不可能です。でも、ここは小さな組織なので、お客様の声をエンジニアに伝えるとすぐに実装されます。そのスピード感、柔軟性は期待を上回るものでした。一緒に働くエンジニアのみんなが本当に優秀です。
入社前は、スタートアップでは前に出るタイプの人が活躍すると思っていました。ところが決してそうではない。大企業での高評価とスタートアップでの活躍も、あまり関係はありません。
例えば私は、前々職でもSalesforceでも予算は達成していましたが、トップセールスではありませんでした。労働時間は短く、時間当たりのパフォーマンスは高いと自負していましたが、多くの場合、大企業にそれを測る指標はありません。あらゆる手段を駆使して売上1位をとった人、評価制度をハックした人が評価されます。
本質的にいい仕事をしたい、ユーザー、お客様に愛される仕事をしたいと思って行動しても、あくまでも評価の指標は売上。そこに違和感を持つ人もいるでしょう。立ち上げフェーズのスタートアップでは、「自分が関わる人の役に立とう」という思想で行動すると、成果、評価と一致するのです。他人が作った評価軸ではなく、どれだけユーザーがサービスを使い、どれだけ事業が伸びたかで評価されるので、私にとっては納得のいく場所でした。
入社時も今も、肩書は執行役員COO。要は「何でも屋さん」です。
カスタマーサクセスもカスタマーサポートも、マーケティングも採用も、オフィス移転もやりました。前職では自分で部署を立ち上げたこともあり、仕事の定型化、仕組化を意識していました。その経験は今、非常に役立っています。これも大企業だと評価されにくいことですが、スタートアップでは、売上を作ることと同様に、みんなの業務が効率的になるように、ドキュメントを書いたりツールをつくったりする人が重宝されます。
仕組化して、みんなが同じようにパフォーマンスを上げられるようにすることが、会社全体の引き上げにつながるからです。そのようなことが得意な人に、ぜひスタートアップに行ってほしいです。
大企業とスタートアップに境はない。やりたいことをどこでやるかの差に過ぎない
そもそも、スタートアップを特別視することがナンセンスかもしれません。スタートアップと大企業は自由に行き来できるもの。いつかまたSalesforceに戻るのもいいと思っていますし、どちらがいいという二元論でもありません。給与面、働き方の面でもスタートアップと大企業の二元論ではありません。
給与は、長い目で見れば高くなる可能性も大いにあります。大企業だから安定しているかというと、決してそうでもありません。傾いたりつぶれたり、不祥事があったりしたらどうしようもありません。
その点、スタートアップで活躍できれば、会社に依存しないで生きていけます。自分に力をつけることが安定だという価値観を、当人もご家族も含めて社会全体が持てると挑戦しやすいのではないかと思っています。結局、自分がやりたいことをどのような場で、どのような仮面をかぶってやるのか、ということでしかありません。
もし、転職してみて合わなかったら、それは学びの場だったと捉えればいいと思います。転職やスタートアップに行くことにミスはありません。それは中間地点であり、正しい道に行くまでのプロセスを一時的にミスと捉えているだけ。成功するまで何度でもやれば、いつかみんな最適な場に着地します。
高校生のときに憧れた船乗りにはなりませんでしたが、今のほうが、船乗りらしい気がします。大学時代の友人の多くは船舶や海洋関係の仕事につきました。海運会社、公的機関などに進みましたが、その多くは決められた時間に決められた場所に行き、決められた仕事をミスなくこなすことで、年次を追って昇進、昇級していきます。
スタートアップのほうがよっぽど、『ONE PIECE』っぽい。みんなで宝を探しに行くようなワクワク感があります。
『少年ジャンプ』が好きな人はスタートアップに来るといいかもしれません(笑)。特別な能力を持っているわけではない、ごく普通の、志を持った人が集まって、ゴールを目指してみんなで船を進めています。多くの人にこの楽しさが伝わってほしいと願っています。
冨田阿里◎株式会社スマートラウンド執行役員COO
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