世界が未曾有の危機にさらされている今、日本が取るべき道は何か。その道標となるのが、新常識を生み出す原動力となるイノベーションだ。
ニューノーマル時代の日本式イノベーションを生み出すため、企業は、そして行政はどのような手を打っているのか。経済産業省産業技術環境局技術振興・大学連携推進課課長の瀧島勇樹氏、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)イノベーション推進部長の吉田剛氏、Eight Roads Ventures Japan パートナーの村田純一氏が、イノベーターたちが挑むイノベーションの最前線を語った。
企業が生死を意識した2020年。課題大国の日本はチャンスに満ちている
COVID-19がもたらした激動の2020年。瀧島氏は行政の動向を踏まえてこう振り返った。
「社会的に必要な取組に対するチャレンジが、切実に求められた1年でした。大きなダメージを受ける産業があった一方で、新しい動きをポジティブに成長につなげる会社もありました」
Eight Roads Ventures Japanの村田氏も瀧島氏に同意する。
「どの企業も生きるか死ぬかを意識した1年でした。私が関わらせていただいた上場を果たした企業の中にも、取締役会でSDGsを真剣に議論するところが出てきました。私は、すべての企業が、自分たちは社会に生かされていると改めて感じたのだと捉えています。このような経験をしたという点で、2020年は非常に重要な1年になったのではないかと思います」
そんな苦境の中でも、成長産業には一筋の光明が差している。国家戦略上の重要度が上がり、彼らを支える行政上のバックアップが強化されたからだ。
2018年6月に始まった経済産業省の「J-Startup」は、大学・国研、スタートアップ、事業会社のシームレスな連携を進め、グローバルな価値提供を目指す(資料P16)。NEDOは「官民による若手研究者発掘支援事業」を実施し、産学連携を後押ししてきた。
NEDOの吉田氏は、これらの成果として2019年は大学発ベンチャーが288社生まれたと語った。
「自分のテクノロジーで社会に貢献したいという思いを持つ人が増えたことの表れで、大変喜ばしいことです」
モデレーターを務めるフォースタートアップスの泉友詞氏からは、2020年の国内プレIPO企業の想定時価総額、資金調達金額の上位20社の一覧が示し(資料P17)、こう分析した。
「日本の大学の研究機関でも、思考として論文を書くよりいかに社会実装するかにシフトし始めている印象を受けています。実際、直近のスタートアップの資金調達のトップラインは研究開発系出身企業が多くなってきています」
村田氏はVCの立場から、ファンディングのボリューム自体が増えているなかで、国家戦略と資金を投じる先がリンクしていることが重要だと指摘した。
「これらの会社が解決している課題はいずれも素晴らしいものですが、依然として日本には多くの課題があります。ペシミスティックにみると課題先進国ですが、実は、むしろオプティミスティックな状況であり、これらの課題を解決することで国としての成長が生まれます」
課題解決の好例として、村田氏はトヨタ自動車を例に挙げた。
「トヨタは資源不足の当時の日本に適応した燃費のいい頑丈な車を作りました。結果的にそれが社会の課題を解決し、グローバルカンパニーへと成長したのです。課題解決とお金のマッチングがより自然な形で整っていくと、チャンスは多く生まれるのです」
感覚を研ぎ澄ます体験が重要。多様化した課題を解決する新たな産業の創造へ
白熱した議論は、新産業が成長するための課題、施策へと広がった。キーワードは「ヒリヒリとした課題感」だ。
経済産業省では2021年度、2つの施策が始動する。「出向起業に係る補助金」は、大企業にいながら起業し、そこに出向する場合に補助金を出す制度で、「スタートアップ向け経営人材支援事業」は、経営人材不足に悩むスタートアップに、大企業などから人材を派遣する等人材流動を促進する制度だ(資料P21・22)。
瀧島氏は、この制度を「プロサッカーリーグのレンタル移籍のような人材流動を後押しするもの」という。
「経済産業省では既に、3年前からベンチャー企業への若手職員の派遣を行っています。思うに、切実に『ヒリヒリとした課題感』を感じないと、それに対して取組むのは難しい。しかし、日々の忙しさに追われるほど本当に困っている人、本当の課題が見えなくなるように思います。行政も大企業も感覚を研ぎ澄ます体験が必要だと考えています」
瀧島氏の指摘に、村田氏も「大変興味深い話です」と同意した。
「1970年代、日本は大企業に人を集約し、高度成長を成し遂げました。対して今は多様性の時代。価値観も働き方も多様化しています。それに合わせて社会のセンサーを様々なところで発動させ、起動させるというプロトコルが重要です。産業のセットアップのパラダイムとしては、重厚長大産業への資本集約型ではなく、いわゆるスタートアップへ、少人数で、社会のあらゆるところで、様々な形で人々がヒリヒリと感じるリアリティを伴った課題感を解決していく。そのように移り変わるのではないかと捉えています」
泉氏も大学のキャリア教育の観点から現状についてこう語った。
「大学におけるキャリア教育の方針も徐々に変わってきています。『安定キャリア』というキーワードの置き方が、ひと昔前は大企業に寄りかかることであったものが、今は自分の足でどう立つのか、しいては自分を強くするのかということが最大の安定と捉えられるようになってきていると思います」(泉氏)
吉田氏からは、NEDOの取り組みが紹介された(資料P24)。NEDOでは、TCP(事業計画構築)、NEP(PoC実施)、STS(VCとの協調支援)、PCA(事業化支援)と段階的に研究開発型スタートアップへの支援策を用意している。あわせてJOIC(オープンイノベーション・ベンチャー創造協議会)を設立し、大企業との提携創出を促進している。
「採択にあたって、各スタートアップのプレゼンからは『ヒリヒリとした課題感』と、それを何らかのテクノロジー、ビジネスモデルで解決するという強い意志を感じます。オープンイノベーションもまだ緒についたばかり。JOICの活動を通じて、日本全体でオープンイノベーションを進めていきたいと思います」
課題感と使命感がシンクロして、優れたスタートアップが生まれる
2021年以降、日本のイノベーションはどのように進化していくだろうか。ポイントは「課題感」、そして「使命感」だ。
「聞くこと、感じることが大事です。イノベーションは、自分がセンサーとなってマイクロな課題をキャッチし、共感し、何とかしようと思うところから始まります」(瀧島氏)
「『学習より創造である。創造こそ生の本質なのだ』。2000年以上年のユリウス・カエサルの言葉です。奇しくも先ほど、村田さんがコロナ禍で生死の意識が高まったとおっしゃいました。今こそこの言葉がピタッと来ます」(吉田氏)
「課題感と使命感。ここでいう課題感とは、目の前の人の幸せや不便の解消のこと。課題感と使命感がいい形でシンクロすればいいスタートアップが生まれ、成功すれば社会の課題が解決されます」(村田氏)
「本来イノベーションの源泉は、自分の過去(原体験)にあります。そこで体感した高揚感や危機感、コンプレックスなどが創造につながり、社会に対して課題感や使命感を持った人たちが増えることで、新たな未来や社会が創られると今日、改めて確認することができました」(泉氏)
▶登壇者
瀧島 勇樹/経済産業省 産業技術環境局 技術振興・大学連携推進課 課長
吉田 剛/国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)イノベーション推進部長
村田 純一/Eight Roads Ventures Japan パートナー
▶モデレーター
泉 友詞/フォースタートアップス株式会社 Public affairs戦略室 室長
▶産学官で取り組む、 ニューノーマル時代のイノベーション創出(PDF)